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飛騨高山 ~宮川朝市を歩く~
2016-06-19 Sun 20:07
国分寺通りを東に進み、鍛冶橋を渡った先の宮川河岸で開かれているのが、石川県の輪島朝市、千葉県の勝浦朝市と並ぶ日本三大朝市のひとつ、飛騨高山の宮川朝市です。

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宮川に沿う下三之町の路上(通称:朝市通り)では数十軒の露店が店を開き、自家製の野菜や果物、雑貨類などを並べて販売しています。宮川朝市は高山を代表する観光名所でもあります。

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店先に並ぶ色とりどりのさるぼぼ

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飛騨高山のお母さんたち手作りの野菜やお漬物も並んでいます。

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「小さいころは、御飯の代わりによく”みだらし”を食べてました。だから余所(よそ)に行って初めて甘いみたらし団子を食べた時にはとてもびっくりしたんです」
こう話してくれたのは、この夜に出会った、高山生まれのとある青年バーテンダー。

高山の町では屋台売りの団子屋さんをあちこちで目にしますが、そこで売られているのは名物の”みだらし団子”。全国の和菓子屋さんやコンビニなどで売られている甘い餡かけのみたらし団子とは違って、米粉を練って丸めた小さな団子を串に刺し、辛い醤油ダレにくぐらせて炙った高山伝統のファーストフードです。

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こちらのお店では赤かぶ漬けを売っています。飛騨特産の伝統野菜、赤かぶ。和久俊三原作の推理小説『赤かぶ検事』シリーズでもその名前が知られるようになりました。

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丹精込めた、様々な花木の鉢植えも

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朝市通りには常設の店舗もあり、皆、店頭での品定めに余念がありません。

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りんごといえば、お隣の信州(長野県)産が有名ですが、飛騨地方でも栽培されているようですね。

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午前中の朝市通りは観光客でごったがえしています。外国からの旅行者も非常に多いのです。

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高山の名物といえば飛騨牛も外せません。町を歩くとレストラン、居酒屋、ラーメン店などで「飛騨牛」と銘打った看板を方々で目にしますが、朝市でも串焼きや熱々の肉まんなどで飛騨牛をリーズナブルに楽しめます。

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北の富山湾で獲れた海の幸も運ばれてきていました。

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山国らしい一品。木の実の素朴な甘さが広がる栃の実のせんべい

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朝市通りからは宮川の川辺に下りることができます。

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川岸の石積みの間にカモの一家が巣をつくっていたり・・・

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爽やかな水音をたてて流れる宮川の川辺は、散策に疲れた観光客や高山市民の憩いの場となっています。

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やがて正午近くになると、テントをたたみ後片付けを始めるお母さんたちの姿が目につくようになりました。この日の朝市もようやくお開きとなったのでした。

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<宮川朝市>
 4月~10月/午前6時頃~正午まで
 11月~3月/午前7時頃~正午まで

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飛騨高山 ~飛騨国分寺から宮川河畔へ~
2016-05-22 Sun 21:06
飛騨一ノ宮から高山市街まで戻ってきました。

今年晩春の飛騨高山散策の続きです。

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JR高山駅から、碁盤の目のように交差する市街地の通りを東の方へ歩いて行くと、庇型のアーケードの続く商店街の間にひっそりと飛騨国分寺が建っています。

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鐘楼門

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重要文化財の本堂と大銀杏

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国分寺境内の大銀杏(オオイチョウ)は、樹高約28メートル、樹齢は1200年とも1250年以上ともいわれる大木で、国指定の天然記念物となっています。奈良時代の末あるいは平安時代の初め頃よりこの地に根付いて、高山の移り変わりを目にしてきたことになります。幾多の時代をくぐり抜けて、今なおしっかりと生き続ける一本の大樹のたたずまい。とても感慨深く感じられました。

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国分寺三重塔
こういった木造建築が町なかに残っているのも素晴らしい。
古代から匠の国として鳴らした土地柄が偲ばれます。

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???
さて、国分寺の門前の小さな祠(庚申堂)に吊るし玉のような、不思議な吊り物を見つけたのですが・・・

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近づいてよく見ると、なんと両手両足を括られた格好の吊るし人形でした!

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こちらが飛騨の郷土玩具として有名な、猿の赤ちゃんをかたどった普通のさるぼぼですが・・・

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吊るされていたのは、さるぼぼから頭巾や腹掛けをとった人形。
この吊るしさるぼぼ(?)、胴体の部分に御真言(おしんごん)が書きこまれています。
御真言(真言)とは仏教発祥の地、インドのサンスクリット語(梵語)を日本語に音訳した一種の呪文(経文)で、仏様に願いを直接働きかけることができる言葉とされています。

「おん でいば やきしゃ ばんだ ばんだ かかかか そわか 」

昔からの願掛けの風習のようですが、さるぼぼが両手足を縛られて軒先に吊るされているのは何とも強烈なインパクトです・・・


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吊るしさるぼぼの衝撃から気を取り直し、飛騨国分寺から東に続く門前の通りをしばらく歩いて行くと、再び宮川の河畔へ出ました。一之宮町の小盆地から北流した宮川は高山の市街地に入ると川床や両岸を石やコンクリートに固められ、都市の間を流れる河川の姿へと変わったようです。

この川向こうでは日本三大朝市で名高い宮川の朝市が開かれていました。



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飛騨高山 ~晩春の桜をたずねて ~
2016-05-01 Sun 23:02
晩春の一日、飛騨高山に出かけてきました。

飛騨地方は岐阜県東北部に広がる山岳地帯、旧国名でいう飛騨国の領域を指し、高山市をはじめ岐阜県内の三市一村(飛騨市・下呂市・白川村)がこの地域に該当します。
交通網が未整備であった江戸期以前はもちろん、近代においても昭和の初めに鉄道が敷かれるまでは、飛騨山脈(北アルプス)に代表されるこの地の険しい地形と寒冷な気候によって、他と隔絶された山国として知られてきました。

現在でも「秘境」といった言葉が当てはまるような場所ではないか?未知の山里への憧れもあって、そんな期待と想像を膨らませながらいつかは訪ねてみたいと考えていた土地でした。

この日は夜明け前の高山市街に到着し、早速JR高山本線の上り列車に乗り込んで、念願の飛騨路の旅を始めたのでした。

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高山から岐阜方面に一駅進んだところが飛騨一ノ宮(高山市一之宮町)。かつて飛騨国の一ノ宮として崇敬された水無神社(みなしじんじゃ)というお社のある在所で、高山市に編入される以前は、宮村と呼ばれていた所です。

司馬遼太郎さん、白洲正子さんの紀行文の中で、水無神社とともに、この土地にある「臥龍の桜」(がりゅうのさくら)という古木が賞賛されていて、今回の飛騨への旅では是非この近辺を歩いてみようと思い訪ねたのです。


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飛騨一ノ宮駅から南に伸びる道をたどってゆくと、田園の中に桜の樹々が点在するひらけた村落風景が広がるようになりました。この附近は、飛騨南西の川上岳(かおれだけ)から発した宮川(みやがわ)が東に向かって流れる山間の小盆地となっています。

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宮川に架かる一ノ宮橋のたもとまで歩いてくると、川向こうに横たわった峰の天辺を厚い雲が深く覆っていて、早朝の冷気と相俟って幻想的な空気が漂っているように感じられました。

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宮川河畔

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宮川を渡り、畔道を進んでゆくと再び細流に行きあたりました。この小さな川の両岸にはまだ散り残る桜の花が続いていて、早朝のおぼろ気な雰囲気と相俟って、昔話の中に登場する理想郷を思わせる光景となっていました。

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土手の桜並木

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このしだれ桜はまだ散り始めの様子。軽やかに垂れ下がった枝ぶりも華やかに色づいています。   

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周囲の山並みの頂きは煙の様に湧きだした雲に覆われて見えず、その峰々が迫る狭い盆地の底を歩いています。

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飛騨一宮水無神社(ひだいちのみや みなしじんじゃ)
飛騨一ノ宮駅からまっすぐに歩けば、およそ10分ほどで飛騨国の一ノ宮として信仰を集めた水無神社へたどりつきます。

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水無神社の大杉
樹齢およそ800年といわれる大杉で、水無神社正面の鳥居脇にそびえたっています。匠の国、飛騨にふさわしく、境内にはこの大木にひけをとらないほどの杉や檜(ヒノキ)の古木が鬱蒼と茂っていました。

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よく掃き清められた清浄な境内。社殿を包む森閑とした鎮守の杜(もり)のたたずまい。境内に立ってそれらを眺めていると何か清々しい神気のような空気を感じます。

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水無神社近くの集落

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神社からの帰り道、再び宮川の河岸に出ました。先程まで山地にかかっていた厚い雲は大気と混然となり、朝靄へと変わって下流の景色をうっすらと隠してしまっています。

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一ノ宮橋から見た宮川の上流

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臥龍の桜(がりゅうのさくら)
飛騨一ノ宮駅まで引き返し、跨線橋を渡って駅の裏手に出ると、高山線の線路のすぐ真近にまで迫った低い丘陵の斜面に、何十本もの支え木に支えられた桜の老木がありました。樹齢1100年にも及ぶというエドヒガン桜の”臥龍の桜”です。

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”「臥竜」と呼ばれるのは、親木から出た枝(これだけでも二抱えはある)が地上を這い、一旦土にもぐって根づいた後、もう一本の若木の桜を育てているからで、ほんとうに竜が昇天するような勢いに見える” (白洲正子『かくれ里』より)

かつて桜の親木から伸びた一本の枝が地面に接し、幸運にもそこから根づいて天に向かう新しい桜の幹を生じたといいます。その様子から、地に伏した龍(臥龍)の姿が連想され、この名が付けられました。  

現在は、竜の胴にあたる部分は枯死し、親と子が別々の木のように分かれてしまっています。かつては、この写真右側の親木の幹から突き出した三角形の折れ枝の部分と、写真中央の切り株状の部分までが一本の太い枝(幹といっても過言ではないでしょう)としてつながり、地中に潜った枝先が写真左側の子桜として育ち、臥竜(臥龍)の名にふさわしい樹勢を見せていたそうです。

4月も末のこの日、臥龍桜はだいぶ花が散ってしまっていて、残った花は開花前の三分咲きくらいの様子に見えました。花の盛りにはどうも一足遅かったようです。

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桜に隣り合う大幢寺から

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駅のホームから、すぐ真近に眺める臥龍桜の全景も趣があります。満開の頃はさぞかし・・・と思いやられる、見事な自然の造形です。

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やがて列車の時刻が迫り、高山の町へと戻る時間となりました。

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さくら さくら
野山も里も見わたすかぎり
かすみか雲か朝日ににおう

歌曲にうたわれるような桜の里が本当に遠い飛騨の山麓に広がっていました。現代の景観に慣れてしまった目には新鮮で、しかしどこかで憧れ記憶していた懐かしい原風景のようでもありました。別天地のようなこの景色の名残りを惜しみつつ、高山への帰路につくことにしました。



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