The link at the date of the calendar is an entry.
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
氷見、新春の風景 ~雪景の上日寺~
2013-10-27 Sun 08:41
藤子不二雄Ⓐ先生の生家光禅寺を後にし、市役所通りを西へと進み氷見の市街地を見下ろす朝日山(朝日山公園)へ登りました。

朝日山公園より
小雨に煙る氷見の街
朝日山公園から臨む氷見市街は、曇天の中降り始めた小雨に霞んで見えていました。

道を辿って
朝日山の山上から一本の下り坂を辿って行くと

木立の陰に
やがて周囲を冬木立に囲まれた古い寺院の建物が見えてきました。氷見の古刹上日寺(じょうにちじ)です。

上日寺観音堂
風雪に晒された、という言葉があてはまる古寂びた佇まいの観音堂

参詣
山陰にあるこの観音堂は奥深い山中に建つ孤堂の様な雰囲気を持っていました。参拝の人々が去ると辺り一面は寂として、人里離れた別世界にいるように感じられます。

石仏群

雪かき道具

観音堂軒下
観音堂の縁や欄干は随分と傷んでいて、北国の自然の厳しさや、それに耐えてきた年輪の重みを感じさせます。

奉納額
色褪せた奉納額も時の経過を感じさせます。剥落や褪色が激しいですが、平家物語に題材をとった源平合戦の図のようでした。

大イチョウ
上日寺境内にある国指定天然記念物の大イチョウ

大イチョウ縁起

上日寺門前
万葉の時代よりの歴史を持ち、長く漁業で栄えた港町に残る名刹でした。


                              ~ 氷見、新春の風景 (終)~
スポンサーサイト
別窓 | 氷見 | コメント:3 | トラックバック:0
氷見、新春の風景 ~潮風通りから光禅寺へ~
2013-07-14 Sun 15:12
上庄川の南岸に戻り街路を辿っていくと一本の通りへ出ました。

潮風通り
潮風通り
通りの両側に商店街が続きます。

ハットリくん獅子丸
ケムマキくん影千代
潮風通り商店街のそこかしこに藤子不二雄Ⓐ先生のキャラクター達が。
ここに取り上げている忍者ハットリくんの登場人物たちの他、藤子先生デザインのサカナ漫画のキャラクター達も(サカナ紳士録)も商店街に並んでいます。

ハットリくんとシンゾウくんポスト潮風通り
弟のシンちゃんをおぶったハットリくんポストがかわいらしいですね。

光禅寺へ
この潮風通りから一本小路を入った先が藤子不二雄Ⓐ先生の生家である光禅寺です。

光禅寺山門
光禅寺
藤子不二雄Ⓐ先生の父上がかつて住職を務められた氷見の古刹。Ⓐ先生は昭和19年、9歳の時までをこの地に過ごし、この年の父上の他界によって隣の高岡市へと引っ越すこととなりました。そしてその転校先の小学校で出会ったのが生涯の盟友となる藤本弘少年(後の藤子・f・不二雄氏)でした。この時の邂逅が後の国民的漫画家ユニット、藤子不二雄が誕生するきっかけとなったのでした。

目の前の仏を見ずして葷酒山門入不許

境内の石像
藤子不二雄Ⓐ先生のメインキャラクターが揃い踏み
境内には向かって左から、忍者ハットリくん、怪物くん、プロゴルファー猿、笑ゥせぇるすまんの石像が設置されています。

忍者ハットリくん喪黒福造
光禅寺本堂
光禅寺本堂

前田利家画像
加賀藩祖、前田利家の画像一幅が光禅寺に伝わっています。

日宮神社2
光禅寺の周辺にも寺社が多く点在していて、こちらはその一つ日宮神社の境内です。

日宮神社
今日なお街に寺社が多く見られるのは、古代以来の長い歴史を持つ湊町の証しなのでしょう。

常夜燈日宮神社の馬像
日宮神社にも馬像が建立されていました。東京近郊の神社ではあまり見かけませんが、馬像の奉納はこの地域の風習なのでしょうか。




氷見

より大きな地図で 氷見 を表示
3D地図が表示できない場合は「地図」~「地形」を選んで平面図でご覧下さい。


氷見、新春の風景 初回記事へ

旅の地図 ← これまでの訪問地
別窓 | 氷見 | コメント:0 | トラックバック:0
氷見、新春の風景 ~比美之江大橋とその近景~
2013-07-06 Sat 20:09
広々とした漁港をあちこちと歩き回っていると様々な(アニメ)キャラクター達に遭遇します。

巨大壁画
忍者ハットリ君の巨大壁画
ここでも藤子不二雄Ⓐ氏ゆかりのモニュメントに出くわしました。

ひみぼうず ブリ小僧
左側が「ひみぼうずくん」。この像も藤子不二雄Ⓐ先生のデザインですね。氷見漁港に隣接する旧海鮮館(元「道の駅氷見」前に設置されていました。そして右側が「ブリ小僧」・・・。鰤を両手にしっかりと抱えたその姿はなかなか逞しく、何か“怪童”といったことばを連想させる迫力です。

比美之江大橋
漁港から北へ向かって少し歩いて行くと再び街なかを流れる一本の河川(上庄川)に行き当ります。その上庄川に架かるのが比美之江大橋(ひみのえおおはし)です。


大橋

橋上風景
比美之江大橋は平成12年に竣工した橋長112メートルの斜張橋。高さ51メートルの主塔と橋を支えているワイヤーの造形は、地引網を引き上げる漁師の姿をイメージしたものです。

上庄川河口
上庄川の河口
湊川より川幅が広く大きな河川です。

ひみ番屋街
比美之江大橋を渡った左手には氷見の物産を扱う観光施設「ひみ番屋街」があります。漁港直送の魚介を使った回転寿司や氷見うどん、氷見牛、氷見カレーなどの地元の名産品を味わう飲食店や、定番の寒ブリなど氷見沖の海鮮を扱う水産業者の店舗が一堂に会しています。「番屋」とは漁師が漁場近くの海岸線に作る作業小屋のことです。

ひみ番屋街2ひみ番屋街3

永明院五重塔
比美之江大橋の附近からは川向こうの町並みの中に、万葉風の五重塔の姿が見えます。

五重塔
永明院五重塔
ここ氷見の地で水産会社を営む酒井家の私邸に建立された五重塔で、平成7年に早逝した五代目当主酒井光家氏の回向のため建立が進められた供養塔です。この塔を発願したのは光家氏の父で先代社長でもある酒井光雄氏。しかし光雄氏自身は五重塔の起工式を迎えることなく不慮の事故によって子息の後を追うように他界、実際にこの塔の建立に心血を注ぐこととなったのはその未亡人であり五代目の母上である酒井久美子さんでした。塔は平成14年に完成し光家氏の法名から「永明院」と名付けられました。

平成の時代に市街地の私邸内に木造の五重塔を建立する事など他には例がなさそうで非常に稀な建築を目の当たりにすることができました。五重塔は万葉の故地である越中氷見の町並みに溶け込んで風情ある佇まいを見せています。


物憂い眼差し
五重塔のたもとで

水辺の風景
上庄川沿い、水辺の風景
五重塔のある北大町から 

上庄川上流へ
再び比美之江大橋を漁港側へと渡る
上庄川を上流へ向かっての風景。中央に見えているのが氷見市街から沖合までを一望できる朝日山です。



氷見、新春の風景 初回記事へ

旅の地図 ← これまでの訪問地

別窓 | 氷見 | コメント:0 | トラックバック:0
氷見、新春の風景 ~氷見漁港の佇まい~
2013-06-23 Sun 12:51
「漁業の町」氷見のシンボルはやはり氷見漁港です。 

天然の生け簀と言われる富山湾の西岸に位置する氷見の沖合では春の鰯(いわし)、夏のマグロ、秋はカマスやアオリイカ、ワタリガニなど、そして冬には全国にその名を知られた鰤(ぶり)の漁獲を筆頭に、カワハギ、スルメイカ、タラといった豊富な海の幸が水揚げされます。漁港の年間取扱高は漁獲量で約1万5千トン、漁獲金額は50億円前後といわれ、日本海側でも有数の港市となっています。湊川河畔の逍遥に続いて、この氷見漁港周辺を歩いてみました。

釣り人
漁港外縁の防波堤や岸壁の各所には釣り人の姿が多く見られました。

防波堤風景

水辺の記録

雪捨て場
こちらも北国の港らしい風景といえるでしょう

テトラポットが続く
巨大なテトラポット群と長い防波堤が続く

港内風景

荷役の岸壁

港湾の様子
船溜まりの様子

積まれた漁具類

ブイと漁網の交差

市場近く

救助艇係留地

卸売市場
港内の魚市場(卸売市場)

氷見魚市場

港内

或る船舶
高校所有の船も
海洋、水産関係の学科がある学校なのでしょう。

船溜まり
出漁中の船が多いのでしょうか。港内には大型船舶の姿は少なく小型の船の姿が目立ちました。


氷見、新春の風景 初回記事へ

旅の地図 ← これまでの訪問地

別窓 | 氷見 | コメント:0 | トラックバック:0
氷見、新春の風景 ~湊川沿いを歩く~
2013-06-16 Sun 07:35
漁火ロードを氷見漁港へむかって歩いて行くと、道はやがて左へと折れて氷見の街を貫いて流れる湊川の河口付近へと到達します。

栄橋
河口附近にかかるのが栄橋。この橋を渡った向かい側にも小さな神社が

魚取神社
魚取神社
漁の安全と豊漁を祈る素朴な想いがこの率直な社の名から伝わってきます。

湊川沿いの歩道
湊川を少し遡って、河畔に続く街の風景を眺めて歩くことにしました。

河岸へ

氷見の氷屋
1月の真冬に見る「氷販売」の文字
「氷 江安」と記した看板の飾り気のなさが印象に残ります。

烏賊の一夜干し
隣接の店舗に氷ならぬ烏賊の開きが吊るされていたのも漁師町らしくおもしろい眺めです。

和平橋のカモメ
遡行の途中、橋の欄干でじっと海上の方角を見つめて佇む一羽のカモメの姿

河岸風景

河岸の商店

成人式をひかえて
川沿いを進み目抜き通りに通じる中の橋までやってきました。
氷見を訪れたこの日は1月13日の日曜日、各地で成人式が開催される祝日でもあります。母子3人で語らいながら商店街の方へと歩いて行く新成人のお嬢さんとその家族の姿を見送ります。

中の橋から
中の橋の欄干に刻まれているのは能楽の『藤』に登場する藤の精
都の僧が善光寺へ詣でる途中、この氷見の地で藤の花の咲き誇る様子を見て何気なく或る古歌を口ずさみます。それを聞き咎めて一人の女が現われ、自らを藤の精と名乗って消え失せます。その夜読経する僧の許に再び現れた女はあらためて藤の花の美しさやこの地の四季の景観を讃えて舞い謡いますが、やがて暁の陽の光の中にその姿を消してしまいます。これが能楽『藤』のあらすじで、これに因んだ装飾が施されているようでした。

湊川カラクリ時計
川沿いに鈍い銀色に光る卵形の物体を発見。さてこれは一体・・・?
その正体は「今を捉えるひかりのシェルター」(?)という光のオブジェ。そしてこのオブジェの横から湊川に架かる橋梁(虹の橋)は忍者ハットリ君のキャラクター達が登場するというカラクリ時計でした。

春にまた会おうでござる
残念ながら現在休止中とのことでござる。

残雪の湊川
河口から真っ直ぐ遡ってきた湊川は南側(左手)へと川の向きを変えて行きます。

氷見ラーメン店舗
氷見ラーメン本店
氷見牛カレーラーメンなど、地産地消に基づく工夫を続けているラーメンのお店。
この時は開店前でしたが、氷見牛カレーラーメンは一度試してみたいところです。

木造の蔵
氷見ラーメンの店舗に隣接する蔵の外観が木造建となっていて風情を感じさせます。

湊川河岸風景1
カラクリ時計から少し遡った場所に架かっているのが復興橋です。
もともとは中の橋として架けられていた橋梁ですが、昭和13年に起きた氷見大火後の区画整理のため取り払われ、現在の位置に移されました。その移築の際、大火の跡の焼野原からの復興を期し、あらためて“復興橋”と名付けられたといういわれがあります。

湊川河岸風景2
土地の旧家らしき邸宅が復興橋越しに眺められ、その一角に大正の頃の町並みを見ているような思いがしました。



氷見、新春の風景 初回記事へ

旅の地図 ← これまでの訪問地

別窓 | 氷見 | コメント:0 | トラックバック:0
氷見、新春の風景 ~漁火ロードと氷見海岸の風景~
2013-06-15 Sat 11:03
氷見の街中を抜け、富山湾沿いの漁火ロードへと出てきました。

漁火ロード
氷見漁港に程近い海岸付近。防波堤の向こうには砂浜が続き、穏やかに凪いだ冬の朝の海が広がっています。

氷見の砂浜
相変わらずの曇天ですが、雲間から覗く陽光が海浜を柔らかく照らしています。

氷見の砂浜2
海中に伸びる防波堤の先にある氷見漁港は海面からの朝靄に煙っていました。

氷見の砂浜4
この時期にしては、氷見の町から望む北方の山々にも積雪が少ないようです。写真中央の山並みは能登半島南部の丘陵地帯、宝達・石動(ほうだつ・いするぎ)山地です。北陸地方は年末から荒天(降雪)が続いていたようですが幸いにも当地を訪れる頃には雪が止んで数日間天候の安定した日が続いていました。そのおかげでこの日は雪の少ない氷見の街をじっくりと歩いて回ることができました。

氷見の砂浜3


氷見の砂浜5
浪打際に立って海上を眺めていると、空と海の淡い印象が混在してきて、その境目がわからなくなってくるようです。

光る海


海辺の家屋
附近には漁師町にふさわしい質実な外観の家屋が並ぶ

堤防とブイ


海鳥の群れ
朝の氷見海岸では、渚に群れ集う海鳥の姿が多く見られます。

海鳥の群れ2


漁火ロードが続く
漁火ロードに沿って並ぶ歩道灯は、氷見の名産「寒ブリ」にちなみブリの形をデザインしたもの。


氷見、新春の風景 初回記事へ

旅の地図 ← これまでの訪問地
別窓 | 氷見 | コメント:0 | トラックバック:0
氷見、新春の風景 ~地蔵町界隈~
2013-05-26 Sun 17:11
氷見駅から少し歩いた地蔵町の一角、一棟の社殿が見えてきました。

地蔵愛宕社
こちらの社(やしろ)の名前は地蔵愛宕社、周囲には町家が続き海岸にも程近い場所にあります。


本殿
小さいですが破風の付いた立派な本殿です。石段に敷いた滑り止めの筵(むしろ)に降雪地域らしい風情を感じます

愛宕社境内

馬像
騎馬像ではなく、馬だけの銅像というのが珍しく興味を惹かれました。氷見市の隣の高岡市は銅器の町として知られていますが、この像もそこで製作されたものでしょうか。

地蔵町界隈1
真っ直ぐに伸びる愛宕社前の路地


地蔵町界隈(雪囲いのある家屋)
庭の植木の雪囲い風景

地蔵町界隈(千本格子の家屋)
千本格子の町屋風の住居


地蔵町界隈(路地の祠)

路地裏の小祠には真新しい花が供えられていました。

地蔵町界隈(裏路地を抜けて)
狭い小路の向こうに防波堤が見えていて海岸へと出られるようです。

海辺の神社(須々能神社本殿)
小路を抜けた先に、海岸に面して小さな社がもう一社建っていました。

須々能神社
須々能神社(すずのじんじゃ)

須々能神社遠景
漁業の町らしく、路地や通りの各所に漁や航海の安全を祈った社や祠が残っているようです。 

漁火ロードへ
氷見の海岸へ
海沿いの直線道路には漁火(いさりび)ロードという情趣ある名前が付けられています。
ここでは雨晴海岸で見たよりも能登の山々がずっと真近に見えています。


氷見、新春の風景 初回記事へ

旅の地図 ← これまでの訪問地
別窓 | 氷見 | コメント:0 | トラックバック:0
氷見、新春の風景 ~JR氷見駅から地蔵町へ~
2013-05-18 Sat 18:03
雨晴海岸を後にし再び氷見線に乗車して終着駅を目指します。

ハットリ君列車
ハットリくん列車が雨晴駅に入ってきました。氷見は「忍者ハットリくん」や「笑ゥせぇるすまん」などの作品で知られる漫画家の藤子不二雄Ⓐ氏の生まれ故郷です。世代を超えて愛される国民的漫画家の出身地にちなみ、高岡を起点する氷見線や城端線(じょうはなせん)では氏の代表作である「忍者ハットリくん」をラッピングした列車が運行されています。

JR氷見駅1
雨晴駅を出発して程なく、ハットリくん列車は終点の氷見へと到着します。

氷見へ

JR氷見駅2
氷見駅の駅舎は何の変哲もない、ごく普通の平屋の建物でした。旅情に富む観光路線の終着駅としては少々趣きに欠けるのが残念ですが、普段は通勤通学の中継拠点として充分な役割を担っているのでしょう。

ハットリ君のまち
駅前にある忍者ハットリくん列車の書割。車窓の部分がくりぬかれていて乗車の記念になります。地元の生徒さんたちのお手製の絵でしょうか。

氷見駅前広場
駅前広場も車輌の乗降場という雰囲気で閑散とした様子でしたが、ふと目をひいたのが 「氷見キネマ」と書かれた建物です。街中で見かけるごくありふれたテナントビルですが、  こちらの4階は主に地域映画、町おこシネマやインディーズの名作などを上映する場としてオープンした氷見駅前の“ちいさな映画館”。上映の無い時間は貸しスペースとして地域の交流や音楽・イベント活動にも利用されるとのことです。氷見キネマから始まる交流がやがて駅前の活況へとつながっていくことになると良いですね。

氷見まちなか案内図
氷見市街図
JR氷見駅は左下に見えています。図を右手に進んでゆくと北へ、能登半島方面へと進むことになります。まずは海岸沿いに氷見漁港の方向へと歩いて行きたいと思います。

駅前広場から北へ

氷見駅ホームと列車
道の途中、線路際から氷見駅ホームを眺める

終着駅の枕木
枕木が氷見線の終着、路線の果てを物語っています

氷見の町並み1
氷見駅周辺、町の佇まい

街の標識

氷見の町並み2

正月飾り
通りを進んで行くと家々の玄関先に正月飾りが飾られているのが目に留まりました。氷見を訪れたこの日は1月13日。関東では松の内を過ぎればお飾りを外すのが一般的ですが、こちらではまだ玄関先を飾っています。地域ごとに差があるようですが、やはり関東在住者としてはこの時期の正月飾りの風景に興味をひかれました。この附近は駅に近い地蔵町という地区になります。

蔵の佇まい
白漆喰の重厚な蔵が残る。いかにも海産物をおさめた蔵という様子で港町らしい風情。

神社背景
地蔵町界隈を歩いていると道の向こうに一軒の神社が見えてきました。


氷見、新春の風景 初回記事へ

旅の地図 ← これまでの訪問地

別窓 | 氷見 | コメント:0 | トラックバック:0
氷見、新春の風景 ~早朝の雨晴海岸~
2013-05-12 Sun 10:07
氷見線の踏切を超えると大きく視界が開け、白砂青松の浜辺が続く雨晴海岸に出ました。

早朝の雨晴海岸1
夜明け後まもなく、未だ夜の気配が残っているようなひととき、暗く重たげな水色の空と海原が眼前に広がっていました。海の向こうに見える陸地は能登半島の山々です。

早朝の雨晴海岸2
曇り模様の空は、時間の経過とともに薄日が雲間よりのぞいて、辺りの明るさを変えて行きました。

青松と女岩
「馬並(な)めて いざ打ち行かな 渋谿(しぶたに)の 清き磯廻(いそま)に 寄する波見に」 
万葉集の編者とされる歌人の大伴家持は天平年間に国守として越中国(富山県)に下向した際、度々この雨晴海岸を訪れ、その景観を讃える歌を何首も遺しました。「渋谿」は当時の雨晴海岸を指す地名と言われています。

女岩遠望
中央の小島が女岩(めいわ)、その右手の高い松の木が見えている場所が義経岩です。兄頼朝の追捕を受けて奥州へ逃れる際、この地を通った源義経一行がにわか雨を避けた場所とされていて、地名雨晴の由来ともなっています。晴天の日であれば、女岩の背後に白く冠雪した立山連峰の姿がくっきりと浮かび上がって見えますが、残念ながらこの時は厚い雲に覆われその姿を見ることはできませんでした。

廃屋
海岸沿いに残る一軒の廃屋

突堤
海上へと伸びて行く突堤

突堤より見る能登方面
冬の朝らしい冴え冴えとした海岸の風景。晴天の中での佳景とはまた趣きが異なります。

早朝の雨晴海岸3


早朝の雨晴海岸6
沖合を走る漁船 突堤を行く人影

早朝の雨晴海岸4
午前7時をまわった頃、近在の寺院から、時を告げる鐘の音がゆっくりと海岸に響き渡っていきました。

早朝の雨晴海岸5


早朝の雨晴海岸7
浜辺に一人たたずむ中、聞こえてくるのは潮騒のざわめきと長く遠い余韻を遺して消えていく梵鐘の響きだけです。


氷見、新春の風景 初回記事へ

旅の地図 ← これまでの訪問地

別窓 | 氷見 | コメント:1 | トラックバック:0
氷見、新春の風景 ~JR高岡駅から雨晴駅へ~
2013-05-05 Sun 15:38
氷見への旅、今回も移動には夜行便の高速バスを利用しました。今年1月半ばのことです。JR新宿駅西口を夜10時半ごろ出発、翌日5時50分頃に富山県のJR高岡駅前に到着しました。氷見へは加越能バス・西武バスの運行で新宿からの直通便が出ていますが、今回はJR氷見線経由での訪問のため、氷見線の起点高岡駅で途中下車することにしました。

高岡駅前2
JR高岡駅入口の様子です。北陸新幹線開業に伴う駅周辺の整備が行われている最中で、この仮設の雰囲気もそのためのようでした。

JR高岡駅構内
早朝の高岡駅構内

氷見線
JR氷見線は高岡より北へと伸びる北陸本線の支線。能登半島南部を走る七尾線との接続が計画されながら結局実現せず、氷見が終着駅となった行きどまり路線(盲腸線)です。伏木駅から終点の氷見まで、列車は富山湾沿岸を走り、その途中には古代から景勝地として知られた雨晴海岸(雨晴駅)があるなど、海浜の景色を楽しめる風光に富んだローカル路線となっています。

氷見 6:00
6:00の高岡発、氷見行きの列車に滑り込みです。

高岡駅改札
駅員さんが改札口で検札を行う風景が個人的にとても懐かしく、また新鮮に感じられました。
ご承知の方も多いと思われますが東京近郊のJR各駅ではSuica(交通系ICカード)による自動改札が有人改札にとってかわっている所が多く、筆者の最寄りの千葉県内の小駅でさえ駅職員が改札口に立って直接検札することは無くなりました。

7番ホーム 氷見線
ここ高岡駅はJR西日本管轄の駅になります。駅名標や番線案内の表示にJR西日本のシンボルカラーの青が多用され、やはりJR東日本の駅構内とは少し違った雰囲気を感じます。(東日本のカラーは緑色)

氷見線の車中
列車内は本当にローカル線の雰囲気。天井に据え付けられた扇風機や4人掛けの対面座席が多く備わる“旅客車両”は、自分の利用する沿線ではほとんど見かけなくなってしまいました。
冬季のこの時刻(朝6:00過ぎ)はまだ日の出前で残念ながら車窓から見えるのは一面の闇だけでした。

雨晴駅名標
高岡から25分程でJR雨晴駅に到着。まだ周囲は暗闇に閉ざされていました。早朝の雨晴海岸を訪れてみようと下車します。

ホーム上の除雪機
ホーム上には小型の除雪機が。北国の駅らしい装備です。

雨晴駅ホーム
早朝の時間帯は雨晴駅は無人駅となります。

雨晴駅舎内

雨晴駅舎内2
雨晴駅舎の小さな待合室

海岸は→
雨晴海岸へ
手書きの案内図

雨晴駅舎日の出前
早朝、夜明け前の雨晴駅舎

雨晴駅前の通り
雨晴駅前には民宿や土産物店、民家が連なる一本の道路が通じています。

雨晴駅前通り
ようやく辺りが白み始め、街道の様子がモノトーンに写ります。

夜も白み
少しずつ明るさが増してきました。ただ残念ながら今朝は曇り模様のようです。

雨晴駅前の夜明け

氷見駅ホーム遠望
駅から少し歩いて雨晴踏切までやって来ると、駅ホームには上りの高岡行き列車が停車中でした。

雨晴踏切
踏切の向こう、人家の間に冬の富山湾がわずかにのぞいて見えています。


氷見、新春の風景 初回記事へ

旅の地図 ← これまでの訪問地

別窓 | 氷見 | コメント:2 | トラックバック:0
| 遠い街 遠い空 | NEXT

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。