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房総風景 ~ 富津市萩生から竹岡の町を歩く(2)~
2015-07-19 Sun 17:15
内房線をJR竹岡駅で降り、国道127号線を北に向かって歩いています。
前回の記事(竹岡駅から城山トンネルまで)

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城山トンネルを抜けると海岸線は西へ遠ざかり、国道127号線は少し開けた平野部の中を続いていきます。

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附近の案内図を見ると、海側に向かって伸びる横道の先に延命寺というお寺があるようで、足を伸ばしてみることにしました。

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途中に見かけた料亭風の建物。侘びた感じで、草庵のようなたたずまい。「桜茶ヤ」という料理屋さんの跡のようです。

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やがて道の行き当たりにある延命寺にたどりつきます。

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シエスタ真っ最中の昼下がり、突然現われた見知らぬ訪問者に警戒心も露わのノラです。

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延命寺は、小さな丘の上に本堂と墓地のあるお寺。本堂は比較的最近の建て替えで、古い建物ではなさそうでした。その境内で目を引いたのが、会津・白河藩士の墓。その隣にも備前藩(岡山藩)士のお墓が並んでいます。房総半島の一角になぜ?と思いましたが、これは日本周辺に出没し始めた外国船に対して、徳川幕府が江戸湾防備のため竹岡(城山山頂)に砲台を築き、諸藩の藩士を常駐させたことによります。このうち会津藩は、弘化四(1847)年から嘉永六(1853)年まで足かけ7年に渡り、百名ほどの藩士を竹岡陣屋や北の富津陣屋に駐留させました。ここ延命寺の墓所には、故郷を離れて海防の任に勤しむ中で没した4名の会津藩士が眠っています。

延命寺の他にも、富津市内には会津藩士の墓所が何ヶ所か遺されていて、富津は会津人にとり、幕末以来ゆかりのある土地の一つであったようです。

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延命寺境内から

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くっきりとした青空が印象的な5月の午後。晴天の下、周囲の野山も家々も色濃く、とてもよい風景が続きます。実はもっと草深いところかなあと思っていました。(すみません)

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国道127号に戻ってふたたび進んでゆくと、行く手に白狐川が流れ、川向こうに人家が集まっている様子が見えてきました。

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白狐川(びゃっこがわ)

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国道は町なかに入って進みます。

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視線を感じた気がして振り返ると、素敵な瞳の少女のポスターが

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理髪店、郵便局に、酒屋さん、青果店・・・。小さな町の集落が続きます。

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商店が集まる一角はまもなく尽きて、ふたたび街道沿いという雰囲気になってきました。

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しばらく進むと、一軒の店があって、国道側に小さな勝手口が開いていました。日ざしにやかれて、だいぶ色褪せた赤い暖簾に「梅」という文字が書かれています。ここは・・・。

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竹岡ラーメンの梅乃家さん
一見、雑貨屋さんのような店構えが、竹岡ラーメンの元祖で知られる梅乃家さんです。

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チャーシューメン
地元(富津市)のご当地ラーメンながら、これまで竹岡ラーメンを実際に食べたことがなかったのでした。ただの熱湯にチャーシューを煮た特製醤油を合わせただけのスープ。麺は乾麺を柔らかく、もっちりとした感触になるまで茹でています。もともとは、アルコールと一緒に、地元の漁師さんの腹ごしらえのために提供していた一杯だったのでしょう。

この時はつい食い意地が張って、チャーシューメンをオーダーしてしまい、出てきた山盛りのチャーシューにたじろいでしまいました。二十代の頃に比べて食べられる量が落ちているので、無難にラーメンを頼んでみるべきだった、と反省しつつ箸をとってみました。

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お味の方は非常に素朴な、直球的な、プリミティブな(もはや何を書いているかわかりませんが)一杯。やはり、これが特徴の、ダシをとらない醤油スープの味気のなさが好みの分かれるところでしょうか。個人的には出てきた多量の焼豚をやっつけるので精一杯という状態でした。シンプルなチャーシューですが、特注の醤油がじっくりと染みこんでいます。というよりまさに醤油そのものの辛味が味になっています。普通の厚切りの他に、小さく賽の目にカットしたチャーシューがスープの中に隠れているのも独特です。
この一杯に、みじんに刻んだ玉ねぎを山盛りにするのが梅之家さんでのオーソドックスな食べ方のようです。(玉ねぎは別売り)

まさにB級の中のB級といった感じのご当地ラーメンです。

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房総風景 ~ 富津市萩生から竹岡の町を歩く ~
2015-06-15 Mon 01:20
富津市金谷(浜金谷駅)、鋸南町勝山(安房勝山駅)に続いての房総半島散策です。今回は内房線をJR竹岡駅(たけおかえき)で降り、海沿いの道を北の上総湊駅(かずさみなとえき)まで歩いた行程をご紹介します。竹岡駅はフェリー港のある浜金谷駅の北隣にある無人駅です。

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”海が見えた、海が見える”
駅の跨線橋に登ると、人家の向こうに青い海原が広がっていました。
反射的に浮かんだのは、昔読んだ「放浪記」のこの一節。不意に海原を目にしたら、これ以外に叙景の言葉は出てこないのかもしれません。穏やかに凪いだ海上を見渡しながら、これは楽しい散策になるだろうな、との予感がしました。

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空の青さ、海の青さがとても眩しい5月終わりの休日。眼前の海は、三浦半島と房総半島に挟まれた浦賀水道です。

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JR竹岡駅
あまり他所では見かけたことがないシースルーの無人駅舎。数年前、古い駅舎が取り壊されて、この建物に造り変えられた時には、このデザインに(あまりの開放感に)とても驚いてしまいました。

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駅から続く坂道を下っていくと、アスファルトの道の向こうに、ふたたび海が見えてきました。

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萩生漁港(はぎうぎょこう)
坂道を下り、海岸線を走る国道127号線(内房なぎさライン)を渡った先にある静かな漁港です。

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港内には、親子連れや友人同士の釣り人が何組もいて、堤防の辺りでのんびりと釣糸を垂れていました。

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晴天の下、潮風も心地よく、とても爽やかな気分になります。陸(おか)の山々も、船溜まりの漁船も午後の陽射しの中に色鮮やかに映えていました。

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のどかな漁港の風景をじっくりと堪能してから国道127号線へと戻り、歩道を北に向かって進んでいくことにしました。竹岡駅のあるこの辺りは地名で言うと富津市萩生。駅名に冠されている竹岡地区はここから1~2㎞ほど北に行った先になります。

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左手に海を見ながらのんびり歩き。
先ほどまでいた萩生漁港の上空をトンビの群れが弧を描くようにゆっくりと滑空している様子が目に入ってきます。

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移動の途中、古い石蔵を見つけたり、民家の庭や家屋の様子を間近で眺めてみたり

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道端に置かれているバス停を見ると、なぜだか時刻表をのぞいてみたくなります。この辺りは、やはり日中の路線バスの本数も少ないようです。

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この国道127号線は木更津と南房総を結んでいる古くからの街道で、車の交通量は割合に多い道路です。しかしさすがに徒歩でこの道を行く人影はほとんどありませんでした。

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ところどころ、127号線の間際まで海が迫っていて、歩道から波打ち際にある岩場へ降りることができます。そして、こういった小さな海岸のそばには必ずといっていいほど素敵な雰囲気の別荘が建てられています。

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こちらにも海に面した瀟洒な邸宅がありました。この辺りは東京湾の西に沈む夕陽を眺められる絶好のロケーションのようで、海辺の別荘地として近年、人気を博しているそうです。

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さらに歩いて行くと、前方には緑の生い茂った丘陵が海側に向かって伸び、行く手を遮るように目の前に迫ってきました。

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まもなく国道127号線はこの丘陵の下をくぐる城山トンネルの中へと消え、こちらは脇の歩行者用トンネルへと向かいます。とりあえず歩道が続いていてよかった、と一安心です。このトンネルを抜けると地名は富津市萩生から富津市竹岡へと変わります。


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房総風景 ~ 安房勝山駅から勝山の町を歩く ~
2015-05-31 Sun 13:38
五月晴れの休日、再びJR内房線に乗って房総半島を南に下りました。

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この日の下車したのはJR安房勝山駅です。

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内房線もこの辺りまで下ってくると、駅のまわりに広がる風景はとてものどかな景観に変わってきます。プラットホームに降り立つと、駅舎の建っている町側とは反対の内陸の方向に田園風景が広がり、向かいの丘陵のふもとまで続く意外に奥深い景色が、線路脇の草むらの間から垣間見えるのです。

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安房勝山駅から歩いてまもなく、南房総の西海岸を南北に走る国道127号線が現われます。内房なぎさラインの愛称で知られる道路です。安房勝山駅のあるここ勝山地区は、鋸山の南に広がる安房郡鋸南町のなかでも南部の地域です。南房総の中心地である館山市街はここからさらに南に10数㎞ほど行った先にあります。

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国道127号線を南へ少し歩いて行くと、佐久間川という小川が流れていて、そこを渡った先の海沿いの方角に、お椀を伏せたような、こんもりと盛り上がった丘陵が見えてきます。その頂上には丘を覆った樹木からほんの少し頭を出す様に、お城の天守閣か櫓のように見える小さな瓦屋根がのぞいています。

今日の目的地はこの大黒山展望台です。南房総への行き帰り、安房勝山駅附近を通る度に内房線の車窓から見えるこの丸い丘陵と展望台の存在がとても気になっていたのです。


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大黒山展望台から
狭い展望台にはすでに先客の方がいて、洋上のスケッチを楽しんでいました。目の前の海は浦賀水道です。初夏の強い日差しに展望台からの景色も少し白んでいます。

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南側には勝山漁港が見下ろせます。漁港の背後に見える丘陵には中世の城郭、勝山城の遺構が残っています。一方、こちら側、大黒山の展望台は近年になって観光用に建てられた模擬天守風の建物で、実際の勝山城祉ではありません。しかし地形から見て海上を監視する物見台などが置かれていたことがあったかもしれません。勝山は房総を治めた戦国大名里見氏が水軍の拠点とした港の一つだったといわれています。

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里見氏が国替えによってこの地を去った後、勝山は江戸時代を通じて譜代の小大名の領地となり、勝山陣屋がおかれました。この間、勝山は捕鯨業(小型のツチ鯨漁)で大変に栄えたそうで、 

「いさなとる 安房の浜辺は魚篇に 京という字の都なるらん」
※いさな=鯨の古称   

クジラ漁で栄える安房(勝山)の浜は、都のような大変な賑わいである、という狂歌が作られるほどの繁栄ぶりが今に伝えられています。その後、鯨資源の枯渇や伝統的な漁法での限界もあって、明治時代に入り勝山でのクジラ漁は衰退します。

現在、小型捕鯨の拠点は南房総市の和田町へと移っていますが、勝山は房州の漁港の一つとして、鯛やヒラメ、シマアジ、ハマチなどの養殖漁業やアジやサバなどの定置網漁業が盛んです。また金目鯛の水揚げも豊富だということです。

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展望台の北側には浦賀水道に接する鋸山の山並みが遠望できます。


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洋上に霞むのは三浦半島の陸影。

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展望台からの景色をひとしきり楽しんだ後は、勝山の町を歩いてみました。

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町なかのお寺の一つ、大智庵。道路から続く細い小路が参道になっていて、周りを人家に囲まれて少し道沿いから引っ込んだところにあります。素朴な門構えです。

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言葉通り”お堂”、という感じの質素なつくりの本堂が印象的です。以前に訪れた飯山など信州北部のお寺ですと豪雪に備えた頑丈な柱などで建物を作っているのですが、こちらは簡素で、いかにも暖かい南の地方にある浜辺の寺院という感じがします。

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勝山漁港にも足を向けてみました。

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大黒山の展望台が真上に見上げられます。港の南北に丘が続いているので、明治以前の帆船の時代には風浪が避けられる天然の良港だったのでしょう。

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勝山漁協の市場

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勝山漁港では1日に2回、朝と夕方に、港へ戻った漁船からの水揚げがセリにかかるそうです。夕方の市場でのセリというのもちょっと珍しいという気がしますが、このおかげで漁港近くの魚屋さんでは夕飯のおかずに取れたての魚を買うことができるそうですよ。

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内房線から見る大黒山の夕景

自分の地元の房総半島も、じっくり歩いてみると今まで気がつかなかった景色や町の歴史を発見することができるようです。引き続き、もうしばらく房総の散歩を続けてみようと思います。


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房総風景 ~ 金谷の港と町並を廻る(2) ~
2015-04-19 Sun 05:54
富津市の金谷港から横須賀市の久里浜港に向かう東京湾フェリー「かなや丸」の船上風景です。

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陸(おか)の上ではさほどとは感じませんでしたが、海上に出るとやはり風浪が強く、船体もうねるような横揺れを感じます。

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この日の船上には外国からのお客さんも少なくありませんでした。
やっぱり欧米の女性がこういうポーズをとるとサマになりますねえ。

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男性陣もにこやかに談笑中

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波しぶきの向こうに、房総の山野が次第に遠ざかっていきます。

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遠目には色とりどりの積み木でも重ねているように見える船影。東南アジアかどこからか、航海を続けてきたコンテナ船が浦賀水道を北行し、ゆっくりと東京湾の奥に向かって進んで行きます。

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春まだ浅いこの時季、デッキの上は時折激しい横風が吹きすさび、小さい子は本当に吹き飛ばされてしまいそうな様子です。

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こちらの女の子は吹きつける海風にもめげず、手すりにぴったりとくっつくようにして白い航跡の続く海原の様子を楽しんでいました。

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荒天でもなければ、海上を航行中、カモメの群れが必ずフェリーの後ろからあとをついてきます。時には甲板の上まで舞い上がり、人を恐れる様子もなく、乗客がなげるエサを待ち受けるように悠々と風に乗って飛行を続けていきます。(この写真は昨年の夏ごろの風景です)

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やがてフェリーの行く手に三浦半島の陸影がみえてきました。

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東電の横須賀火力発電所を左舷に見つつ、「かなや丸」は久里浜港へ入港していきます。

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約35分の航海を終え、かなや丸は久里浜港に接岸しました。

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さて久里浜港のサービスセンターに降り立ちましたが、時刻は既に午後3時を過ぎ、これから横須賀の中心街や鎌倉方面に出ていくのも億劫な時刻です。この日は行くあてもなく、久しぶりにフェリーに乗ってみたくなって東京湾を渡っただけでしたので、このまま踵を返し、停泊中のかなや丸に再乗船して金谷港に戻ることにしました。

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出航を待つ間、一人デッキにたたずむ女性の姿。
「お一人ですか?」
こういう場面でこそ、言ってみたいその言葉・・・

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定刻となって、かなや丸は久里浜を出港します。

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帰路も順調な航海が続き、行く手に再び房総半島が見えてきました。

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まもなく金谷港に到着します、とのアナウンスが流れると、甲板の乗客たちは一斉に階下へ移動していきました。無人になった船上を夕陽が照らす中、鋸山の山並が目の前に大きく近づき、フェリーは金谷港へと入港しました。

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下船の頃、日はすでに大きく西に傾き、辺りは薄暮の光に包まれていました。落日がフェリー港のそばに建つ『恋人の聖地』のモニュメントに映じ、浜辺の堤防を駆ける少女のシルエットが2つ、それに重なるように見えています。潮騒の響きと子供たちの歓声が聞こえる中、金谷の春の夕べは暮れようとしていました。


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房総風景 ~ 金谷の港と町並を廻る ~
2015-03-30 Mon 01:06
早春の一日、地元を走るJR内房線に乗って房総半島を南に下ってみました。

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内房線の普通列車は南下する一駅ごとに、扉の外に春の息吹きを感じさせる景色を見せてくれます。

いくつか駅を過ぎた後、列車は浜金谷駅(はまかなやえき)で、上り列車との待ち合わせのためにしばらく停車しました。浜金谷駅のある富津市金谷は、東京湾を渡るフェリー港のある港町。そこに向かうらしい行楽客が何人もホームへ降り立っていきます。にぎやかなその姿を見ていて、本当はもう少し南の方まで行ってみようと思っていたのですが、久しぶりにフェリー港の様子を見てみようかという気持ちになって、自分も浜金谷で下車してみることにしました。

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JR浜金谷駅ホーム
待ち合わせ時間中、下り列車の車掌さんも外に出て小休止です。

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間もなく千葉行きの上り列車が到着し、この地域では単線となっている内房線の列車が行き違います。

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鋸山(のこぎりやま)
駅の跨線橋からは房州との境にそびえる鋸山の、その名の通り絶壁の山並みが望めます。

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構内に掲げられた「就航」の文字。穏やかなこの日和、東京湾を横断するフェリーも無事に運行しているようです。

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JR浜金谷駅

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この附近の内房線の駅風景と同じく、駅前の小さな広場からは細い道路が海側に向かって伸び、数件の商店がその周りに店を開いているという海辺の町らしい光景が続きます。たまには周辺の集落を廻ってみようか・・・と思案しながらも、なんとなく足は通い慣れたフェリー港への道筋に向いてしまいました。

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フェリー港への道すがら、沿道の民家を囲う堅牢な石塀が道行く人の目をひきます。柔らかく整形しやすい「房州石」と称される凝灰質の石材は、この金谷など富津市南部から鋸山の南、安房郡鋸南町の一帯で明治の末頃まで盛んに産出され、江戸~東京、横浜といった対岸の都市へ海を渡って運ばれました。

時代は移り建築用材としての需要がなくなった今では産業としての採石は廃れてしまいましたが、「石のまち」としての伝統を今に活かそうと、近年では金谷の町なかに房州石を使った彫刻や美術館(金谷美術館)が建てられるなど、地域活性化の原動力として再び注目されているそうです。

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通りの一角にある合掌造りの古民家は、その昔、飛騨地方から移築したもの。

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石塀の向こうの立派な椰子と蘇鉄・・・、気候風土に合うのかこれらを庭木として植えるのはここ南房総ではよく見慣れた光景です。

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乾いた石灰色の石積みに囲まれ、温暖な南国の雰囲気を感じさせる邸宅。フェリー港への行き帰り、そのたたずまいがいつも印象に残ってしまう、街路沿いの民家です。
(国登録有形文化財:鈴木家住宅主屋ほか)

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フェリー港近く、地元内房(房総半島の東京湾側)の海の幸を売る鮮魚店には観光客の姿も多く見られました。

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東京湾フェリーの発着所まで歩いてきました。三浦半島の久里浜港から到着した船が接岸し、車両の下船が続いています。

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フェリー港に続く岸壁と鋸山の山系

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フェリー乗り場へ続くサービスセンター内では房総の特産品が一堂に揃えられ、見た目にも、色とりどりの土産物を見て回れるようになっています。

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富浦のびわ、八街の落花生、和田の鯨、富津の海苔、そして勝浦タンタンメン(!)
あらためて眺めてみると房総は農産物も海の幸も随分と豊富なことに気づかされました。

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地元で採れた柑橘類や野菜、草花の即売も行われていました。

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最後に東京湾フェリーに乗ったのはいつだったか・・・。
天気も良いので久しぶりにフェリーの「かなや丸」に乗船してみることにしました。

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やがて出航の時刻となり「かなや丸」は金谷港を出港しました。白い航跡を残し、対岸にある横須賀市の久里浜港に向かって進んでいきます。およそ35分の船旅です。


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