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信州飯山 ~いいやま花フェスタと寺巡り寺宝展探訪(2)~
2013-03-24 Sun 06:52
この日は毎年10月に行われる「いいやま花フェスタ~寺町花街道~」の開催日。仏壇・仏具を商う店舗が立ち並ぶ愛宕町雁木通り、通称仏壇通りを会場にして、季節の草花の創作寄せ植えや壁掛け作品などが数多く展示されていました。期間中、通りは様々な花の演出で飾り付けられる他、寄せ植え講習や音楽演奏、彫金などの伝統工芸体験(仏壇の町ならではですね)などのイベントも行われます。この日の雁木通りは行き交う人々も多く平日とはまた違った賑わいを見せていました。

いいやま花フェスタ
愛宕町雁木通り

いいやま花フェスタ2

いいやま花フェスタ4
このような寄せ植えや壁掛けによる園芸作品がいくつも展示されていましたが、果たしてこの人物は一体・・・?

いいやま花フェスタ5

いいやま花フェスタ6

いいやま花フェスタ7
この花フェスタの会場を巡る頃には幸いなことに天候も回復してきました。雁木通りの人通りも徐々に増えてきています。

いいやま花フェスタ18

いいやま花フェスタ8
お抹茶を一服して一休み

いいやま花フェスタ9
時節柄、ハロウィンを題材にした作品もありました。

いいやま花フェスタ10
Trick or Treat?

いいやま花フェスタ11
雁木に掛けられた鉢植えの花の彩りも鮮やかです。

いいやま花フェスタ12

いいやま花フェスタ13

いいやま花フェスタ14
小さい秋見つけた

いいやま花フェスタ15

いいやま花フェスタ18
園児達の鼓笛演奏やダンスの発表を皮切りにして会場は祭日らしい賑わいに
花苗や特産品の販売の他、飲食の出店も出ていて会場は市民憩いの場になっていました。

いいやま花フェスタ16
ここはどこかな?

いいやま花フェスタ17
青空と稲束と


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信州飯山 ~いいやま花フェスタと寺巡り寺宝展探訪(1)~
2013-03-20 Wed 16:16
立ヶ花、上今井駅と途中下車した後、目的地の飯山駅へ
1か月後の再訪になりました。

再び飯山へ
飯山駅ホームの様子も相変わらずです。

好機到来
りんごの被り物もかわいいアルクマ(長野県の観光キャラクター)が大きく手を広げて新幹線の到着を歓迎しています。また「好機到来」とは非常にストレートな表現です。先月の訪問時には見逃していましたが飯山駅の駅舎内に貼られていたポスターで、2015年春開通予定の北陸新幹線へ寄せる沿線地域からの熱い期待が、この「好機到来」の一句に込められているようです。人口減少と高齢化が進行し、限界集落(人口の過半数が65歳以上の高齢者である地域)の増加が現実問題となってきている北信地域にとって、この新幹線の開通と飯山新幹線駅の開業が地域再生の救世主となると大いに期待されています。

駅前通り
さて、この日の飯山訪問は、映画『阿弥陀堂だより』のロケ地となった市の郊外を散策してみたいと思ったためです。飯山駅そばの観光案内所で自転車を借りて、道々風景をゆっくり楽しみながら現地に向かいたいと思ったのですが・・・。空模様が随分と怪しくなってきました。

本町商店街
とりあえず自転車を借り出し、案内図を見ながら市街地を北へ進みました。

花咲く

飯山バイパス沿い
街中を抜けて千曲川沿いの飯山バイパスに出ました。川向こうの山々が、市街から見るよりもずっと間近に迫って見えています。

飯山バイパス沿い3
バイパス沿いを一路『阿弥陀堂だより』の里を目指してこぎ続けましたが、この頃にはポツポツと小雨が降りはじめ、気温も随分下がってきていました。悪天候の中での走行は断念せざるを得ず、やむをえず市街地まで引き返すことに。

飯山風景4
バイパス附近からの郊外風景

飯山風景

飯山風景2

飯山風景3
市街地まで戻ってきました。

飯山風景5
こちらは夏の忘れ物

花街道の看板
引き返した飯山の街中では、秋の季節イベント「いいやま花フェスタ(飯山寺町花街道)」と「寺巡り寺宝展」が開催されていました。

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信州飯山 ~飯山線途中下車 上今井駅~
2013-03-16 Sat 17:55
秋空の下で
立ヶ花の一駅先が、上今井駅(かみいまいえき)です。

上今井駅名標 

上今井駅ホームよりの風景
千曲川の流域から少し離れ、民家や雑木に囲まれた小駅です。

上今井駅舎
上今井駅の駅舎

駅看板

駅近くの民家蔵

駅前の通り
上今井駅へ通じる通りから駅周辺の集落を歩きます。

上今井駅周辺の人家

自転車店

土蔵風景
このあたりには土蔵のある人家が多く残ります。北信濃らしい風景です。

土蔵風景2

土蔵風景3

信濃路の踏切風景
秋の天気は変わりやすく、曇り模様となった信濃路を歩き続けます。

かみいまい踏切

藁束の風景

特産品
信州といえば、りんごが特産。道沿いにもりんごの樹が多く栽培されていました。

上今井駅郊外の風景
行雲の行く末が気にかかるような秋の空

上今井駅郊外の風景2

上今井駅郊外の風景3
薄曇りの中に眺める里の秋、少し寂しさを覚えます

上今井駅郊外の風景4

千曲川河畔風景
駅から少し歩いて再び千曲川の見える河畔へ。川向こうの野山や空、雲の色がグラデーションのように霞んで少し幻想的な光景です。

上今井駅風景
駅裏から見た上今井駅ホーム 

町角の樹

境内の舞台
駅に近いとある神社の境内に舞台が設えてありました。神楽殿かな?と思いましたが、むしろ村歌舞伎や芝居を演ずる舞台のようです。ふと原田芳雄氏の遺作『大鹿村騒動記』が思い出されました。

舞台の忘れ物
舞台に残るのは、少年が残した思い出の跡


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信州飯山 ~飯山線途中下車 立ヶ花駅~
2013-03-16 Sat 11:48
昨年の9月に訪問した長野県の飯山市。山々に囲まれた、寺の多い静かな町の佇まいが気に入り、翌月再び飯山の町を訪れました。もうひとつ再訪の動機になったのはJR飯山線の沿線風景に惹かれたためです。特に飯山線に寄り添うように流れる千曲川河岸の風景が素晴らしく、今回はその姿を間近に見てみようと思い、飯山線の途中駅、立ヶ花(たてがはな)で下車して駅の周辺を散策してみました。

長野駅にて
例によって新宿からの夜行バスにて長野駅前に午前5時前に到着。駅の外はまだ夜明け前です。

飯山線の明け方の風景
飯山線に乗り車外の景色を眺めていると、だんだんと山の端が白み始めました。

立ヶ花駅名標
JR飯山線の立ヶ花駅 長野から5駅先の無人駅です。

立ヶ花駅ホームにて
立ヶ花駅に降り立つと、ホームの前は眺望が開けていて千曲川が悠々と流れる様子を望めます。


立ヶ花駅全景
立ヶ花駅はホーム一面と待合室だけの、いかにも沿線の一駅といった佇まいです。
ホームからの眺望に驚く一方、周囲の景観を眺めると秘境という感じはなくなります。駅は千曲河岸の道路に沿って建っていて、駅のすぐ裏側にも交通量の多い国道117号が通っています。

立ヶ花橋よりの千曲川の眺め
千曲川を横断する県道29号線が通る立ヶ花橋から見た千曲川
こちらは長野方面の眺めです。


千曲川の朝霧 立ヶ花橋より
反対側(飯山市側)の千曲川の眺め
冷え込んだ秋の朝に起きやすいという川霧が立ち込め始めました。

千曲川の朝焼け
細くたなびく朝の雲が薄紅に染まっています。

ふるさとの日の出

朝霧朦々として
コスモス越しに見える山肌の麓には千曲川が流れています。朦々たる早朝の川霧が、時間の経過とともに煙のように湧き出してきて立ヶ花橋北側の川面をすっかりと覆ってしまいました。

立ヶ花周辺の風景

立ヶ花周辺の風景2
北信のとある町の朝。清々しい朝焼けから一日が始まりました。

北信濃の道標
道路標識の上越(Joetsu)、長野(Nagano)、飯山(Iiyama)との方面表示が北信の地にいることを実感させてくれます。
 
日の出の光景

再び飯山線へ
1時間後、飯山線の下り列車が到着。次の下車先を目指します。
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鎌倉小景 ~冬の材木座海岸、由比ヶ浜夕景~
2013-03-09 Sat 05:50
波打ち際

犬の散歩

青春の狂騒?

二人旅

孤影

サーファーと釣竿

スタンドアップ・パドル・サーフィン

夕浪

残照

滑川河口

滑川沿いの光景

キリコ風に

夕闇迫る

夕景

稲村ケ崎遠景2

稲村ケ崎遠景

鎌倉の海、材木座海岸から由比ヶ浜へ 
冬、二月 夕暮れのひととき



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信州飯山 ~寺めぐり遊歩道から飯山城址へ~
2013-03-03 Sun 03:30
称念寺を後にしたのは、正午過ぎのこと。
この日の飯山での残り時間もだいぶ少なくなってきました。ここから先は急ぎ足で、高台の寺々を結んでいる「寺めぐり遊歩道」から市街地へと下り、町のシンボルである飯山城址を目指します。

寺めぐり遊歩道1
細い遊歩道が人家の間を抜けて走っています。

妙専寺
道沿いに見つけたのは妙宣寺
明治末期、飯山地方に一本杖スキーを普及させた市川達譲の生家であり、彼が飯山中学の体育教師を辞して後に住職を務めた寺でもあります。

寺めぐり遊歩道2
丘陵の斜面に沿って作られた遊歩道は人ひとりが進める程度の幅の狭い小道です。傾斜地の途中にあって柵なども取り付けられていないため、少し油断すると右手の斜面を滑り落ちそうになり気が抜けません。積雪の時期には通行が停められるというのも納得ができます。

遊歩道の道すがら

雁木造りの仏壇通り
雪除けの廂である雁木のアーケードが続く愛宕町(あたごまち)雁木通り。又の名を仏壇通りとも言います。飯山は伝統工芸品である仏壇(飯山仏壇)の生産地であり、ここ愛宕町の一角には仏壇や仏具を商う店舗が軒を連ねています。

飯山城址前の踏切
踏切を越えて前方の奥に見えている坂道が飯山城址公園の入り口です。

城址散策1
市街地の中心にある飯山城址公園は城山とよばれる飯山城跡の丘陵を利用した公園地帯です。公園内には飯山市民会館の他、弓道場や武道場などの市営施設があり、市の文化・スポーツ振興の拠点でもあります。また春には約400本のソメイヨシノがいっせいに咲き誇り、多くの市民が訪れる観桜の名所ともなっているようです。

城址散策2
飯山城は在地領主の泉氏の居館として、その始まりを鎌倉の頃まで遡ることができます。 以降、長く泉氏の拠点となりましたが、戦国時代初期には北信の有力豪族高梨氏の支配下に入り、やがて甲斐の戦国大名武田信玄の勢力が北信地域に及ぶと高梨氏は越後の上杉氏を頼ったため、飯山は北信の支配権をめぐる武田・上杉両氏の角逐(かくちく)の場となりました。永禄7(1564)年頃には上杉謙信の手により大規模な城郭の改修が行われ、上杉氏による信濃攻略の最前線拠点となります。飯山から見て南方、長野市内の北部地域には武田・上杉両軍が雌雄を決した古戦場として名高い川中島があります。そして戦国も末頃になるとこの城は上杉から武田、次いで織田氏とその主を替えて行きますが、本能寺の変後は再び上杉氏の領するところとなり、その支配は上杉景勝(上杉謙信の養子)の会津転封の際まで続きました。上杉景勝の治世下に、その重臣で飯山城代となった岩井信能が城周辺の町割りを整備し城下町としての原型を形作ったといわれています。

江戸時代には主に五万石未満の小藩の封地として幕末までに皆川、堀、佐久間、松平、本多などの諸家がこの地を治めています。この藩政時代に、現在につながる城下町としての飯山の町並みが形成されていきました。そして明治維新の動乱期、戊辰戦争の最中には旧幕府勢力の一党である衝鋒隊(しょうほうたい)が越後高田よりこの地に侵入し、新政府側に付いた飯山藩との間で戦火を交えるに至り、その混乱の中城下町の半ばとも7割以上ともいわれる地域が焼失しました。飯山戦争とよばれたこの戦乱を最後に、飯山城は近世の大名城郭としての役割を終えることとなります。


城址散策3
飯山城の歴史に思いを馳せつつ、城址の道を登り、本丸を目指します。

葵神社の鳥居
やがて辿りついた本丸跡には、最後の飯山藩主である本多家の家祖を祀った葵神社が建立されています。

葵神社神殿
葵神社の創建は明治の頃、廃藩置県により飯山城の建物が破却された後のことといいます。御一新後の世情にあっても、旧藩時代への懐旧や旧主家への尊崇の思いがこの地の人々に残っていたあらわれなのでしょう。

葵神社の鳥居2

城址の案内板

本丸の石垣
本丸跡に残る石垣

石段の跡
飯山城が城郭として機能していた時代の石段の跡がしっかりと残っています。

本丸跡より二の丸を
本丸から見た二の丸跡

二の丸跡
二の丸跡の広場

葵神社の殿舎

飯山城址4
雑木林が城山の周囲を覆っているので、城址から周辺の山野を広く見渡すことは難しいようです。

飯山城址より中央橋を遠望する
城址の東、千曲川の方向は多少眺望が開けていて、附近の山河の様子を楽しむことができました。

飯山城址5
この日の飯山散策もいよいよ終了です。

北飯山駅のホーム
飯山城址を後にし、城址公園より程近いJR北飯山駅から帰途に着きました。9月の飯山の旅の模様はこれにて終了です。

次回、いったん中休みの記事を挟みまして、ふたたび翌月10月の飯山再訪の様子を取り上げていきたいと思います。あと数回ほど、北信州飯山の旅程にお付き合い頂きたいと思います。



旅の地図 ←飯山の位置はこちらの地図をご覧ください。

信州飯山 ~飯山駅より善覚寺まで~←寺院の場所など市街地案内図はこちらを。

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