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氷見、新春の風景 ~自然の恵み豊かな、越(こし)の国の港町~
2013-04-21 Sun 09:39
富山県の氷見市(ひみし)にやってきました。
氷見は能登半島の東の付け根に位置する富山湾に面した古くからの港町です。

氷見の海と海鳥と
「氷を見る」と書いて“ひみ”と読むこの町の名は、いかにも北の海に面した、海のほとりの町にふさわしい清涼な語感を持っています。記録上では万葉集に採られた古歌の中に、この地が「比美乃江(比美)」の名前で登場しており、古くは奈良時代より続く歴史ある地名であったことがわかります。“ひみ”の字が現在の「氷見」の表記になった由来については、この土地が海を隔てて立山連峰の万年雪を望める場所であるため、氷雪を遠くに見る景勝の地として「氷見」の字を用いるようになったのが始まりとされています。この他、富山湾上に浮かぶ漁火の風景、あるいは蝦夷征討のための烽火台に因むとされる「火見」、立山連峰の頂きより昇る朝日の美しさを讃えた「日見」など、この"ひみ”の地名の謂われや変遷については様々な伝承があるようです。

氷見漁港と漁船

湊川河畔の水景

上日寺にて

氷見の商店街
冬場の寒ブリや春から初夏にかけて水揚げされる鰯など、富山湾の豊富な漁獲に支えられた日本海側有数の港町、氷見。街中を流れる川のほとりには思いがけず水郷の風情があり、街の後背の山の手を歩けば人里離れた山中の古刹と見紛う伽藍をその麓に見つけ、アーケードのある商店街の様子にふと懐かしさを感じる・・・。

今回からはこれら氷見の新春の風景をご紹介していきたいと思います。

旅の地図 ← これまでの訪問地


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信州飯山 ~番外編 食堂 なかまち~
2013-04-07 Sun 12:50
飯山での食事は?とのお尋ねがございましたので、10月の飯山訪問時に立ち寄った市街地にある「食堂 なかまち」をご紹介します。

昭和40、50年代を髣髴とさせるような大衆食堂。昔こういう雰囲気の食事処が結構あった気がします。こちらはビルの2階にあって奥行きの深いフロアに70人以上は座れそうなお店です。地元密着の大食堂という感じで、この日も近所の勤め人の皆さんが3人、5人と連れだって来ていました。定番の鳥のから揚げ定食を頼みましたが、ボリュームたっぷりで値段は手頃、まさに庶民派食堂の面目躍如といった感じでした。

なかまち食堂
メニュー、何種類あるんだよ! と 突っ込みたくなる短冊の数です。マウスのカーソルをあてながら50ほど数えて止めました。この写真だけで100種類はありそうです。写真の外にもありますので一体こちらは何品できるんでしょう・・・?和洋の御飯物から麺類、一品料理やおつまみと、注文する側としてはこの品書きの豊富さがなんとも嬉しいですね。

ご自由に
出入り口には古くなった週刊誌が山積みに。このおおらかさも良いですね。


※食べログにもこのお店に昭和ノスタルジーを感じた口コミが。
   ↓  
「昭和」回顧。街の“食堂”

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信州飯山 ~阿弥陀堂だよりの里を訪ねて(4)~
2013-04-07 Sun 12:28
田園の中に佇む神秘的な石仏の姿に魅了されながら、万仏山へ至る道を進んできました。目指す阿弥陀堂までもう少しです。

阿弥陀堂そばの観音像
ここにも観音菩薩が一体
立膝に少し首をかしげたその姿がとても人間的ですね。

木陰に垣間見える阿弥陀堂
やがて辺りの風景に溶け込むように木立ちの陰に垣間見えている阿弥陀堂の姿を見つけました。

阿弥陀堂へ

落ち栗
阿弥陀堂のすぐ側には栗の木があって、熟した栗の実がたくさん地面に落ちていました。

阿弥陀堂よりの眺め
阿弥陀堂の前より眺めた麓の風景
御堂の前の斜面は一面コスモス畑になっていて、コスモスの花越しに千曲川西方の山々が眺められます。

阿弥陀堂
映画そのままの阿弥陀堂です。ロケセットとして建てられた建物ですが、関係者の尽力により現在も当時の景観を維持したまま保存されています。

阿弥陀堂の戸を開けて
『阿弥陀堂だより』ではこの阿弥陀堂の堂守である“おうめさん”をベテラン女優の北林谷栄さんが演じていました。この撮影の当時、北林さんは91歳。撮影後のインタビューでは、高齢による体力の衰えから、出演の打診があった際にはとても無理だと思ったそうです。しかし主役を演じる寺尾聰の父、俳優の故宇野重吉との長年の交誼を思い、意を決してその子息との共演を引き受けたと語っていました。映画の中では孝夫、美智子夫婦とおうめさんとの交流がストーリーの重要な位置を占めており、何より北林さんの愛らしい演技がこの映画の魅力の一つとなっています。

来訪者ノート

阿弥陀堂濡れ縁
「どなたさんでありますか?」
見知らぬ訪問客の気配に、おうめさんが傍らから姿を現してきそうな雰囲気です。

阿弥陀堂2

野焼きの煙
麓の方から野焼きの煙らしい白煙が立ち上り始めました。

阿弥陀堂4
映画では夫役の寺尾聰さんと妻役の樋口可南子さんがこの縁側に座って山々を眺めながら語らうシーンがあります。

御堂の阿弥陀像
御堂の中には映画同様に本物の阿弥陀如来像が安置されています。そしてその背後の壁にはこれも映画のように村の物故者の名札が掲げられています。何気なくそれらを見回すうち、壁面の右隅にまだ真新しい木札が嵌め込まれているのに気がつきました。
そこに墨書きされていた名前は “北林 谷栄”
平成22年4月27日、北林谷栄さんは肺炎のため98歳で逝去されています。
阿弥陀堂に暮らすおうめさんを演じた北林さんは、今はここ阿弥陀堂で、彼女を慕う飯山の人たちや福島集落の住民たちの手で懇ろに弔われています。

御堂を後にして
90歳を超えてなお現役の役者として活躍した北林さんの晩年の足跡とその遺徳に触れて厳かな気持ちになる中、やがて阿弥陀堂を立ち去る時間を迎えました。

阿弥陀堂とコスモス畑

遠ざかる阿弥陀堂
思いがけない発見の数々に、胸躍る高揚感と立ち去り難い気持ちが交錯する中、阿弥陀堂を後にしました。

阿弥陀堂からの下り路

棚田に立つ案山子
棚田の中にたくさんの案山子が並び、遠くから見送りを受けているようです。

石積みの連なる小路を下って

福島集落の実正禅寺
田園地帯を抜け、再び人家の集まる集落の道筋を下って行きます。

福島集落小景1

福島集落小景2

福島集落小景3

福島集落小景4

福島集落小景5

福島集落の入り口、丸山の松へ
福島集落の入口、丸山の松が見える場所まで下りてきました。麓までもうすぐです。

石積みに咲く花と

長電バス 富田入口
阿弥陀堂の里より富田入口のバス停へと帰ってきました。往復3時間ほどの里歩きでしたが、映画の舞台となるのにふさわしい魅力的な山野の風景にとても満足しました。飯山は観光地としてはややマイナーな場所かもしれませんが、実際は豊かな自然に恵まれた日本の原風景に出会える土地です。また市街地には江戸時代以来の寺院の数々がひっそりと甍を連ねて建ち、閑静な町の雰囲気を一層落ち着いたものにしてくれています。何の予備知識もなく偶然訪れた町でしたが、この飯山の素晴らしさを発見することができて、とても幸運な旅だったと感じています。2012年秋の飯山の旅の記録はこれにて完結です。

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信州飯山 ~阿弥陀堂だよりの里を訪ねて(3)~
2013-04-07 Sun 12:23
穏やかな秋晴れの下、福島集落を歩いています。

登り坂が続く
集落を抜ける登りの一本道
急な坂がさらに続いていきます。

道々の風景

石積みの風景
人家のある地区を越えてまた野山が広がり、石積みの棚田が見えています。

福島神社(三部社)
さらに坂を登ると古い社に行き当たりました。福島神社です。

本殿
簡素な造りの本殿ですが、長年の風雪に耐えた重々しさが感じられます。

道しるべの燈籠
福島神社から道は二手にわかれます。

休憩小舎さんべ
休憩小舎さんべ
福島神社横の分かれ道にある休憩所です。地区の集会所のような建物ですがお手洗いもあり、清掃が行き届いていて、里山歩きのハイカーには大変ありがたい施設です。ゴールデンウィークにはここで地域の皆さんの手で打たれたお蕎麦がいただけるそうです。

休憩小舎から見た山村風景
休憩所から見た集落奥の山々、そして棚田も見えます。なにより空の青さが都会とは全く違います。

福島棚田への小路
休憩所から左手に進む道
こちらを辿ってゆくと、道はやがて風情ある石畳へとかわり、右側には遠目に見えていた棚田を間近に接して眺めることができます。そしてこの坂道を上がりきって見下ろす棚田の風景は絶景といわれているそうです。残念ながらこの時は、絶好のビューポイントへの道と気づかず、写真におさめただけで阿弥陀堂への道を急いでしまいました。

万仏山麓の風景

石の観音像
石の観音様
神社横の分岐点から右手に進む道は福島集落の奥に聳える万仏山の山中へと至る道になります。こちらをゆくと山中深くまで三十三体の石の観音様が立ち並ぶ光景を目にすることができます。(万仏山三十三観音)

青空の下、薄が茂る

さらに村の奥へ

道沿いの古き観音像

青空と山並みを背に
道沿いの苔むした岩の上に一体の観音像が安置されているのが見えてきました。

野辺の観音
青空に霞みのような雲がたなびき、緑濃い山の稜線を背にして静かに佇む千手観音

畑仕事

陽光に照らされた秋の野原に
めくるめく明るい秋の陽光に見惚れてしまいます。

石積みの風景広がる

麓の平野を臨む

岩上の千手

千手の佇まい
山懐に抱かれるように鎮座する観音像。青、白、緑の自然の彩りの中に沈黙を続けるその姿はとても幻想的に感じられます。

※ 信州飯山 ~阿弥陀堂だよりの里を訪ねて(4)~


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信州飯山 ~阿弥陀堂だよりの里を訪ねて(2)~
2013-04-07 Sun 12:21
登りの一本道を進み、富田集落を抜けて福島集落の入口へと差し掛かろうとしています。

福島集落へ

阿弥陀堂への案内図
阿弥陀堂までの案内図が
まだ先は長いようです。

福島さんべの里への入り口
福島集落へ
福島の里の目印は道を覆う松の巨木(丸山の松)と水車小屋です。

丸山の松
まるで巨人が道を跨いでいるような不思議な光景

水車小屋
集落の入口にある水車小屋
この水車は今なお現役で、用水の急流によって挽かれる蕎麦はとても風味が良いそうです。この時は残念ながら稼働している様子をみることができませんでした。

豊かな水流に
集落は高地にありますが、道端を流れる用水の水は豊富で、勢いよく流れていました。

水車小屋2

集落入口より飯山盆地を見下ろして

庚申塚
庚申塚

道沿いの田んぼと山野と
稲刈りの済んだ田んぼが道沿いに続きます。

集落の家屋

集落の家屋2

稲刈り体験会
稲刈りの最盛期は9月の終わりから10月初めにかけての様子。この里で一面に広がる稲田の風景を目にするには一足遅かったようです。

坂険し
登り坂の傾斜が急になってきました。

廃店舗
村のタバコ屋さんの跡

集落を貫く道

土蔵と草木と

土蔵風景‐福島集落
昔も今も変わらぬ農村の風景
この里にも土蔵を残すお宅が多いようです。

山懐の稲田
彼方の山麓まで、斜面に作られた棚田が遠く続いています。福島集落は全国棚田百選にも選ばれた「福島棚田」の里です。石組みを用い堅牢に築いた棚田は連年の自然災害にも耐え、今日までその姿を良く残しています。

福島集落の家屋3

火の見やぐらの下より
福島集落の火の見やぐら
山火事の警戒のため、火の見は山村にはよく見られる建物です。飯山市内にも地域ごとに数多くの火の見やぐらが設置されているそうです。

路傍の仏
!?

サンタ帽を被りたり
サンタ帽を被った仏様
柔和な表情に穏やかな合掌姿、何より仏様のおつむに被せたサンタ帽がとてもかわいらしく、取り合わせの妙?に強く惹きつけられました。

坂の上より火の見やぐらのある集落を眺める
急傾斜の坂道に沿って集落が広がっているため、ゴミ収集も一苦労のようです。

ズッキーニ
ズッキーニ?

無人販売
道沿いの無人販売でした。


※ 信州飯山 ~阿弥陀堂だよりの里を訪ねて(3)~


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信州飯山 ~阿弥陀堂だよりの里を訪ねて(1)~
2013-04-07 Sun 12:20
飯山市再訪の2日目は、前日断念した『阿弥陀堂だより』のロケ地、福島集落を訪ねました。

富田入口
映画で使われた阿弥陀堂が今なお残る福島集落はJR飯山駅から野沢温泉行きのバスに乗り、千曲川を渡って飯山市と木島平村にまたがる道を進むこと約20分、富田入口(とみだいりぐち)バス停で下車し長い坂道を登った先にある万仏山麓の長閑な山里です。

映画「阿弥陀堂だより」
映画『阿弥陀堂だより』
医師としての激務の中で心を病み、夫の郷里である谷中村(やなかむら)へと移った美智子(樋口可南子)。そして病身の妻を支える夫の孝夫(寺尾聰)。二人の穏やかな日々の明け暮れを、夫婦と交わる村の人々の哀歓とともに描いた2002年公開の小泉堯史監督作品です。

棚田の里へ
富田入口バス停で下り、福島集落へと続く一本道を辿ります。

阿弥陀堂だよりの里へ

富田集落をゆく

富田集落の風景
緩やかな登り坂の続く富田集落

富田集落の風景2

火の見やぐら
とても印象深い火の見やぐらの姿

水清き里の風景
山紫水明という言葉がふさわしい風景が続きます。道々の水路は水量が驚くほど豊富です。

道沿いの旧家

収穫も済んで
10月の中旬、飯山でも稲の収穫は終わっていました。

天を衝く


ここにも稲束があり

集落の道を進み
道筋は人家が集まる一角となりました。

犬飼小学校跡地

犬飼小学校の校舎跡
学校統合により昭和55年に廃校となった犬飼小学校の校舎跡。錆びた鉄柵が時の流れを感じさせます。

集落の商店
道の途中にあった個人商店。「塩小売所」の看板がいかにも山間の村落らしい雰囲気です。

集落の商店2
ガラス戸の間口も懐かしい昭和の頃の商店の姿

赤い屋根の風景

飯山盆地と関田山脈を向こうに
登り坂の途中で辿ってきた道を振り返ると、眼下には集落の家屋が点在し、遠く飯山盆地が見渡せます。

緩やかな坂道

秋の陽光に照らされて
田園風景の中、薄の穂が風にそよぐ様子に秋を感じ

薄の穂がそよいで


万仏山に続く峰々
富田入口から続く坂道を登ってきて、集落の奥に広がる峰々の姿がずっと間近に見えるようになってきました。


※ 信州飯山 ~阿弥陀堂だよりの里を訪ねて(2)~

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信州飯山 ~いいやま花フェスタと寺巡り寺宝展探訪(3)~
2013-04-01 Mon 01:22
いいやま花フェスタの賑わいを楽しみながら、雁木通り周辺の寺々を訪問しました。この日は寺宝展の開催日で各寺院とも秘蔵の品々(仏像よりはむしろ書画の類が多かったように思います)を本堂内に陳列して参詣者への眼福としていました。(折角の寺宝を撮影するのは憚られましたので写真の掲載はありませんが、城下町飯山を象徴する旧藩時代の書画骨董や登城用の乗物(駕籠)、先師の遺徳を伝える絵巻物など、寺ごとに様々な品々を宝物として残しており大変興味深い拝観になりました。

妙専寺2
9月にも訪れた愛宕町の妙専寺

妙専寺8

妙専寺4

妙専寺6

妙専寺7
先日の記事でも少しご紹介した市川達譲氏の像です。後に妙専寺17代の住職となった達譲氏が旧制飯山中学の体操教師として奉職していた明治45年頃、来日中のオーストリア=ハンガリー帝国の武官であるレルヒ少佐から指導を受けて一本杖スキーを習得し、飯山地方へ普及させたといわれています。ちなみにこのレルヒ少佐こそ、新潟県の人気のゆるキャラ「レルヒさん」のモデルとなった人物です。

常福寺2
常福寺

常福寺3

常福寺4
福々しい大黒様の石像が門前に

常福寺5
本堂前でも大黒様が参詣者をお待ちかねのようです。

常福寺6

常福寺7
こぢんまりとした本堂と境内

寺めぐりの道を歩く
寺々を結ぶ「寺巡り遊歩道」は道幅が狭い上に、周囲は雑草に覆われた傾斜地なのでなかなか危うい遊歩道です。

寺めぐりの道を歩く2
遊歩道の途中からも古い土蔵が残る風景が見られました。都市部に多い白壁ではなく、土壁の色合いを残した素朴な造りの蔵です。

本光寺5
本光寺
たくさんの草鞋が山門につるされています。尾道の西国寺にも同じく草鞋(こちらは大草鞋でしたか)を吊り下げた山門があったのを思い出しました。

本光寺2

本光寺3

本光寺
寺宝拝観で本堂にお邪魔すると、応接の男性の方が中を案内して下さいました。檀家の方ですか?と問うと、住職のご縁者のご様子。まァどうぞ、と勧められて茶菓のもてなしを受けながら、飯山のあれこれ、今昔の物語を伺いました。なんとなく今でも覚えているのが、飯山線を話題した際に「千曲川の川向こうにも少し前まで鉄道が通っていたんですよ」とのお話。手元の鉄道地図帳やネットで調べてみると、確かに信州中野(中野市)から飯山市内の木島駅を結ぶ長野電鉄の木島線が2002年まで営業していたとあります。千曲川に添うように川の左右に鉄道路線が至近距離で並行していた時代もあったようです。ちなみに長野電鉄では須坂(須坂市)~屋代(千曲市)間を結ぶ路線も2012年3月に廃止されました。小説『真田太平記』で有名な、正受庵の記事でも触れた戦国大名真田信之が治めた松代(まつしろ)の町もこの路線の一駅でしたが、もはや鉄道を使って訪れることはできなくなりました。鉄道の必要性が昔ほどではなくなり、JRでもその他の私鉄でも不採算路線の廃止は避けられないことなのでしょうがやはり旅好きの身からすると寂しい限りですね。


本光寺6


本光寺4
寺宝展
各寺院ごとにそれぞれの歴史があり所蔵の寺宝も様々でしたが、なかでも藩主本多家の菩提寺である忠恩寺が伝えてきた品々は特に名品が多いようです。幕末のビッグネームである徳川斉昭、佐久間象山、渡辺崋山などの書簡や書画、葛飾北斎の肉筆、北斎を庇護した小布施の豪商高井鴻山の日本画など、錚々たる人士の残した逸品を拝見することができました。確か六代将軍徳川家宣直筆の書画もあったような・・・?うろ覚えの記憶で誤りがあるかもしれませんが、この信州の一隅に名立たる歴史上の人物達の遺品が伝えられているのは大変驚きです。山間の飯山に静かに伝えられてきた文化の一端を垣間見た思いがしました。

善光寺大本願雅楽
夕刻を迎えた頃、雁木通りでは善光寺大本願雅楽会のお坊様達による雅楽演奏が行われました。お坊さん方が雅楽を演奏する場面を見るのは初めてです。司会のお坊様の軽妙な前説からスタートです。

善光寺大本願雅楽2
ご紹介によると、善光寺をはじめ北信各寺のお坊さんたちがこの雅楽会に集っておられ、この時は近在の慶宗寺のご住職も演奏されていたそうです。(大太鼓を叩かれていたのがご住職だったでしょうか?)秋晴れの下、雁木通りに流麗な音色が響き渡ります。

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