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近江八幡 ~ 池田町洋風住宅街 ~
2014-07-27 Sun 23:10
八幡小学校の前を過ぎ、住宅街の中を進んでいくと、道はT字路となって右手へと折れる細い路地が現れます。そこを曲がると間もなく、行く手に古い煉瓦塀が続いているのが見えてきました。

池田町洋風住宅街
(池田町洋風住宅街)
ここ池田町(いけだまち)5丁目は若き日のヴォーリズが自宅を構えた場所です。残念ながらこの地にあった旧居は現存していませんが、ヴォーリズ邸に隣接して建てられた彼の手になる洋風住宅群を現在も目にすることができます。

洋風住宅街案内
ヴォーリズ建築に触れる
今に残るこれらの建物は、伝道の志を共にする仲間のために、ヴォーリズが大正の初め頃に設計を行った住居の数々です。

吉田悦蔵旧宅
(吉田悦蔵邸)
池田町に3棟残るヴォーリズの洋風建築の中で最も南側にあるのがこの「吉田悦蔵邸」です。吉田悦蔵は、来日間もないヴォーリズが八幡商業学校の教師として初めて教鞭を執った時の教え子の一人でした。ヴォーリズの説くキリスト教の精神に感化されて15歳でクリスチャンとなり、1911年(明治44年)には、ヴォーリズらと『近江ミッション』(近江基督教伝道団)を結成しました。終生、師友ヴォーリズの傍らにあってその近江伝道を支えた人物です。
(吉田邸は現在も住居として使用されており一般公開はされていません)

ウォーターハウス記念館3
(ウォーターハウス記念館)
吉田邸の北隣にあるのがウォーターハウス記念館です。
ウォーターハウス(Paul B .Waterhouse)も、初期の近江ミッションに加わり、宣教活動に取り組んだ伝道家の一人です。プリンストン大学出身で、学生時代にはレスリングの選手でもあったスポーツマン。ヨットの操縦に長けていたことから、近江ミッションの湖畔伝道船、ガリラヤ丸の船長として活躍しました。そのウォーターハウスが妻とともに住まいとしたのが、こちらの住居です。

ウォーターハウス記念館外観ウォーターハウス記念館案内
ウォーターハウス記念館玄関バルコニーから2階を見上げて
このウォーターハウス記念館も内部は非公開となっています。敷地内から外観のみの拝観となりますがヴォーリズ建築の特徴である、コロニアル・スタイルと呼ばれる南欧的な明るさを感じるデザインが印象的でした。

洋風街の煉瓦塀
ウォーターハウス記念館と吉田邸に続く煉瓦塀

ダブルハウス
ウォーターハウス記念館から2軒ほどを隔てて再び煉瓦の壁が続いていました。

ダブルハウス2

ダブルハウス3
(ダブルハウス)
池田町の洋風街で最も北にあたるのが、このダブルハウスと名付けられた住宅です。その名の通り2件続きの家が二世帯住宅となっている建物です。建築時はヴォーリズの両親や、アメリカ人技師の入居先となり、その後近江ミッションで働くアメリカ人スタッフの暮らす住宅となりました。こちらも現在は一般の住宅として使用されています。

P1080195.jpg
およそ100年前に東洋の果ての田舎町にもたらされ西洋文化のシンボルともなった洋風住宅の数々。現在では、往時を偲ばせるモニュメントとして、そして今なお人々が暮らす日常の住まいとして、設計者の想いを伝えながら、池田町の住宅街の一角にその姿を残しているようでした。     

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近江八幡 ~ 西光寺から宇津呂町、本町界隈 ~
2014-07-21 Mon 12:01
駅前大通りを中村町附近まで歩いてきました。

古民家の佇まい
中村町交差点を越えてからは通りの幅が少し狭くなり、周囲は住宅地へと変わりました。昔ながらの木造家屋もぽつりぽつりと見受けられるようになっています。

本堂裏から
通りの右側に御堂が見えてきました。寺院の裏口のようですが門構えなどはなく、通りからそのまま境内へと入れるようです。駅前から歩いてきて初めて見かけたお寺、早速境内にお邪魔してみました。

西光寺境内
白砂が敷かれた寺内は広く、本堂に庫裡、鐘楼が建ち、庭木や参道が整然と区画されています。塵一つない、という言葉そのままに掃き清められた境内です。こちらは浄土宗の龍亀山西光寺(りゅうきざん さいこうじ)というお寺です。

西光寺の鐘楼
鐘楼

西光寺本堂
本堂
御堂の背後に広がる青空がとても爽やかです。

庫裡
庫裡

西光寺山門
表門
瓦屋根などの装飾が見事な四脚門(よつあしもん)です。

山門から
鄙びた土地の野趣あふれる古寺の姿も魅力的ですが、人の手で清々しく清められた市中の寺院にたたずむのも良いものです。明るく清浄なこの境内の雰囲気は、瀬戸内海の港町、尾道の寺院を巡って感じた空気と似ていました。近江八幡も尾道もともに商業で栄えた町。豊かな町衆に支えられた明朗な雰囲気が、町と歩みを共にしている寺院のたたずまいにも現れるのだろう、そんなことを考えながらしばらくの間、朝の西光寺に立っていました。

塀越しの鐘楼
      
門前の小路
境内の風情を楽しんだ後、表門を出て門前の路地を北へ向かいました。

宇津呂町 土壁の町屋
路地が最初の四つ角に差しかかるあたりで、周辺の雰囲気はぐっと時代を感じさせるものに変わります。瓦葺きの屋根、土壁(漆喰の剥落が古さを感じさせます)に板張りの外壁、表に面した格子窓と、伝統的な町家造りの住居が通りに沿って見られるようになりました。この辺りからは、道も碁盤の目のように縦横に通じていて、いよいよ近江八幡の旧市街地に入ったのが実感できました。

宇津呂町の辻にて

宇津呂町路地
近世から近代にかけて築かれた町の面影を残す路地が続いていきます。

街なかをゆく

本町の街筋
碁盤の目となっている街筋をぐるぐると歩きながら、足取りは西の方へと向けています。
宇津呂町から本町と呼ばれる地区に入りました。

近江八幡市立八幡小学校
(近江八幡市立八幡小学校)
本町に入ると通りの先に白亜の洋館が見えてきました。
近江八幡市立八幡小学校です。

一見して文明開化の黎明期に建てられた洋館の様にも感じられます。実際の竣工は大正6年(1917年)ということで、老朽化のため平成に入ってから改築工事が行われたそうですが、今見ても十分に明治・大正期の洋風建築の雰囲気を残した建物になっています。このような歴史を感じられる校舎で学校生活を送ることができるのは本当に羨ましいですね。


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近江八幡 ~ 近江八幡駅から駅前大通りを歩く ~
2014-07-13 Sun 22:09
彦根から琵琶湖線に乗って約20分。
JR近江八幡駅に到着しました。

近江八幡駅改札
「水郷と古き商家のたたずまい」 
今に残る古き良き近江八幡の景観を訪ねるべく今回も早朝から街歩きのスタートです。

JR近江八幡駅
(JR近江八幡駅)
近江八幡市は人口約8万2千人。京都への通勤圏にあり、湖東地域の生活環境の良さも手伝って、人口は一貫して増加傾向にあります。過疎化に悩まされることもなく、さりとて大都市ほどの喧噪も無く、地方都市としては程々の賑やかさを保っているまちのようです。

近江八幡駅前広場①
降り立った近江八幡駅の北口には、タクシーや路線バスが駐停車する広いロータリーがあり、その周囲には地元資本のスーパー(HEIWADO)や飲食店などが建ち並んでいます。そしてこれまた駅前の風景らしい、旅行代理店や学習塾などが入った低層のビル群、高い建物としては駅前立地のマンションや写真中央に見えるシティホテル(ホテルニューオウミ)などがあって、いかにも地方都市の玄関口らしい景観となっています。

近江八幡駅前交番
駅前広場に接して建つ近江八幡駅前交番。ヴォーリズ建築を模したようなレトロな洋館風の建物です。

近江八幡駅前広場②
古い商人町の旧観を残す八幡堀周辺の街区へは駅前から北へ2㎞ほどの道のりがあります。路線バスの運行もありますが、朝早く時間に余裕もあるので、市街地の様子を眺めながら駅から歩いて向かうことにしました。ロータリーを渡って、駅前広場から真っ直ぐに北へ伸びる『駅前大通り』を進んでいきます。

駅前大通り
駅前大通り2
土曜日の朝7時前では、さすがに人通りはほとんどありません。

近江牛の名店
駅前大通りを歩きだして間もなく、通り沿いの看板に「本場 近江牛」「ステーキ&しゃぶしゃぶ」の文字が躍っているのを見つけました。近江牛販売の老舗「カネ吉山本」の本店と直営レストラン「ティファニー」の入る店舗ビルが通りに面して建っているためです。本場”近江牛”の文字に惹かれ、早速、昼食と夕食のことで頭がいっぱいになってしまいました。

ぶーめらん通り
とりあえず近江牛のことはいったん頭の隅に押しやり、気を取り直して駅前大通りを進みます。この通りは別名”ぶーめらん通り”の愛称で呼ばれていますが、なぜ唐突に”ぶーめらん”が出てくるのかは後ほど・・・。

洋風の写真館
通りに面して建つ写真店。柔らかな色調と瀟洒な外観が素敵です。

八幡山が見えてきました
駅前大通りはこの辺りからすこし右側に曲がり、ちょうど「く」の字を書くように続いて行きます。これがブーメランの形に似ていることから、ぶーめらん通りとなったのが別名の由来でした。通りの先にはこの町の象徴ともいえる八幡山(はちまんやま)の姿が見えてきました。

ぶーめらん通り2
街の中心通りらしく、附近には企業や金融機関の支店などの入ったビルが点在しています。

中村町南交差点
(中村町南交差点)
駅前大通りを進んできて2つめの交差点が中村町南交差点。この十字路に面して和洋菓子の老舗「たねや」の近江八幡店があります。菓子舗としては明治5年に創業、現在はたねやグループとして和菓子・洋菓子の製造販売と喫茶店舗の運営などを手がけています。グループの別業態「クラブハリエ」のバウムクーヘンは全国的にもかなり有名。(実を言うとこの旅行の後で知りました・・・)それぞれの分野(商品)で名の通った老舗が多いのも古くからの商都だからこそでしょう。

通りの風景
たねやの斜め向かいにある寿司・割烹のお店「ひさご寿司」
歓送迎会や法事・会合の席に大活躍しそうな大きな店構えの料理屋さんです。
駅前大通りは街の中心街らしく、なかなかのグルメ通りでもあるようです。

桜宮町交差点
(桜宮町交差点)

桜宮町交差点付近
桜宮町交差点から左右に通じる道は近江八幡市役所に沿う官庁街通り。曇り模様の初夏の空が道の向こうに大きく広がっていて、この土地の雰囲気にあったなかなかのんびりとしたお役所通りとなっていました。

住宅地の中の田んぼ
交差点を越えてさらに進んでいくと、周辺の景色は商業ビルやマンションが建ち並ぶ目抜き通りのものから住宅地の風景へと変わっていきました。

中村町界隈
中村町の辺りまで歩いてきました。八幡山がだいぶ間近に見えるようになり、街並みの雰囲気もぐっとのどかさが増してきています。

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近江八幡 ~ 近江路の朝 ~
2014-07-06 Sun 12:26
近江八幡への一人旅、旅の出発はJR池袋駅前からはじまります。今回は夜行高速バスのびわこドリーム号に乗車して滋賀県を目指しました。夜行バスの利点は、なんと言っても翌日早朝に目的地へ到着できること。朝5時台に終着地に着くというバス路線も珍しくありません。朝早くから旅先の土地を動き回りたい一人旅の身には大変便利な乗物です。

5月のある週末、休日を前に遅くまで賑わう池袋駅前を22時過ぎに出発したびわこドリーム号は、途中1度の休憩を挟み、東名高速から翌日早朝に名神高速道路へ入りました。そして岐阜県の養老サービスエリアに停車して2度目の休憩を迎えます。

養老サービスエリア
(養老サービスエリア)
時刻は朝の5時ごろ。普段は新幹線や高速バスに乗って通過するばかりで、短い時間にしろ岐阜の地を踏んだのはこれが初めてです。この養老サービスエリア(岐阜県養老郡養老町)は日本史上で最も名高い古戦場である関ヶ原に隣接する場所にあります。

手前に見えている小高い山が象鼻山、その奥に続く山並みが南宮山でしょうか。南宮山は関ヶ原の戦いで西軍の毛利秀元が布陣した山地です。名神高速道路はその南宮山の南を通って関ヶ原盆地の南端を進み、松尾山(西軍から東軍に寝返った小早川秀秋の陣所跡)の北側から旧中山道(なかせんどう)と並行するように滋賀県へ、旧国名でいう近江国(おうみのくに)へと続いていきます。

びわこドリーム号
今回乗車した”びわこドリーム号”。このバスの終着地は滋賀県の大津市(浜大津)ですが、今回はJR彦根駅前で下車し、琵琶湖線(東海道本線)に乗って近江八幡駅を目指すことにしました。

バスの車窓から
関ヶ原から一路西へ進み、岐阜・滋賀県境にあたる伊吹山地と鈴鹿山脈の間の山道を越えて行くと、かつて司馬遼太郎や池波正太郎がこよなく愛した近江の山野が窓外に広がってきました。

彦根で下車
田園と丘陵の広がる中を進んだびわこドリーム号は、やがて米原(まいばら)から彦根へ続く市街地へと入ります。そして到着したJR彦根駅西口でドリーム号から下車。この先、終点の浜大津へと向かうバスを見送った後、彦根駅へと向かいました。現在、近江八幡に停車する高速バスの路線は設定されていないようで、高速バスを利用する場合には彦根や大津などで下車し、JRで近江八幡を目指すのが一般的なアクセス方法となっています。

琵琶湖線路線図
(彦根駅構内)
近江八幡は彦根から京都方面へ6駅。乗車時間は20分ほどです。

姫路方面網干行き普通列車へ
(京都方面のホームにて)
てっきり京都か大阪あたりが行先に表示されるだろうと思っていた案内板には「網干」(あぼし)の文字が。「網干ってどこだろう?ひょっとして別方向に行く列車じゃないか?」と一瞬不安になりますが、まあ『琵琶湖線 草津・京都方面』とあるので間違いはないだろうと間もなく入線してきた列車に乗りこみました。

※網干は、姫路から3駅西にある山陽本線の小さな駅でした。

琵琶湖線車内
(琵琶湖線車内)
琵琶湖線は、東京~神戸間を走る東海道本線のうち米原から京都までの間と、さらに米原から長浜までの北陸本線区間に付けられた愛称です。

琵琶湖線の車窓から①
JR彦根駅を発車して、列車は、南彦根、河瀬、稲枝・・・と進みます。彦根の市街地から徐々に住宅が点在する郊外の風景へ、緑が増え電柱やビニールハウスなどの目立つ平地の景色へと変わってゆき、やがて田植えを済ませたばかりの水田が車窓一面に広がるようになりました。

琵琶湖線の車窓から②
窓外に広がる近江平野
琵琶湖線の車窓から③
太陽が雲の間に隠れてしまったようで、早朝の淡い薄水色の空の下はモノクロのように陰っています。しかし満々と水の張られた田圃が遥か向かいの山並みのふもとまで続く様子は感動的で、まさに近江は豊饒の地だと実感させてくれます。

近江八幡へ
美田風景の中を進んだ琵琶湖線は目的地の近江八幡駅に到着しました。

早朝の駅ホーム
JR近江八幡駅
時刻はまだ朝の6時半前。今日は1日たっぷりと街歩きができるぞ、と意気込んで改札へと向かいました。

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| 遠い街 遠い空 |

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