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信州飯山 ~ 2014年夏の風景 ~
2014-08-25 Mon 00:51
先週末にふと思い立って信州に旅しました。1泊だけの小旅行です。週末の仕事帰りに千葉を離れて長野市内に深夜に到着、翌日の土曜日には長野県最北のまち飯山市へと向かいました。
北陸新幹線の開業を来年3月に控え、その停車駅工事も終局に近づいている飯山市。2012、2013年と繰り返し訪れ、穏やかな山野風景と静かな街の雰囲気に親しみを感じたこの街の今を見ておきたいと思っての小旅行です。今回は近江八幡編をお休みしまして、2014年夏の飯山市街の様子をご覧頂きたいと思います。

新幹線飯山駅
建設中の新幹線飯山駅(JR飯山駅ホームより)

七福の鐘
飯山駅構内の名物『七福の鐘』
この鐘楼の移設先が新幹線駅東口の駅前広場か、現飯山駅出口北側の公園地帯のいずれかになると、地元紙の『北信ローカル』が8月22日付で報じました。新幹線停車駅との一体化のため、飯山駅の移転が決定した当初より、その移設の有無が取り沙汰されてきたこの鐘の落ち着き先もようやく来月には本決まりとなる見込みです。

新駅の建設現場前
北陸新幹線飯山駅。すでに外観はほとんど完成している様に見うけられます。

新駅の周辺整備も進む
新駅に続く周辺道路

新幹線高架
街を縦貫する北陸新幹線の高架橋。飯山の新たな未来を築く”夢の軌道”となってくれるでしょうか。

新駅舎を潜る飯山線車輌
建設の続く新幹線飯山駅の駅舎を潜って飯山線が走っています。早くも11月9日には在来線飯山駅はこの新駅の1・2階へと移転、新幹線の開業に先駆けて新駅での営業を開始するそうです。

飯山復活教会
日本聖公会 飯山復活教会

称念寺山門前
市街地の奈良沢にある称念寺。約1年ぶりの再訪となりました。

山門へ
山門を覆い隠す楓(かえで)と萩の枝を払いのけるようにして石段を上っていきます。

山門脇の石庭
山門脇にある小さな石庭、その砂紋

校倉造りの称念寺本堂
庭木の向こうに見える一見倉庫のような横長の建物、伽藍建築には珍しい校倉式の称念寺本堂です。

本堂より眺める庭
本堂の縁先に座って境内を眺めています。山門へ続く石畳の道の左右に苔庭が広がり、楓の枝が涼しげな木陰を作っています。造作を凝らし、しかも手入れのゆきとどいたこの庭を見るたびに、数ある寺院の中からこのお寺に辿りつけたのは本当に幸運だったなぁと感じます。

忠恩寺
忠恩寺の庫裡と本堂(称念寺の境内から)

雪と寺の町公園
雪と寺の町公園にて

高橋まゆみ人形館
飯山城址に程近い「雪と寺の町公園」内に、人形作家高橋まゆみさんの作品を展示する人形館があります。養命酒のテレビCMやNHKみんなの歌にも登場した日本の田舎に暮らす人々の哀歓を表現した創作人形の数々。失われた日本の原風景を思い起こさせてくれる、懐かしさに満ちた作品を目にすることができます。(高橋まゆみ人形館)

飯山駅と駅前広場
JR飯山駅遠景。駅舎の移転が決定してより少しずつ周辺の商店やタクシー会社の建物が姿を消し、現在では駅前は広々と見通しの良い空間になっていました。そして間もなくこの駅舎もその役割を終える日が近づいてきています。

現在の飯山駅
駅舎の傍らで旅人を見送る七福神の姿は今なお健在。しかし駅移転後に彼らが落ち着く先は果たして?

観光案内処
飯山駅前広場に隣接する観光案内所。パンフレット収集やレンタサイクルの借り出しでよくお世話になります。この日は地元中学の少年少女たちが課外活動で訪れていました。大人とのやりとりを見ていても、まだまだ素直で純粋な様子が伝わってきます。

食堂 なかまち
以前立ち寄った食堂なかまち。ボリューム満点の満腹食堂はこの日もしっかりと営業中でした。

飯山赤十字病院
飯山赤十字病院

街の向こうに夏の山並みが続く
通りを歩いていると、ところどころ建物越しに市街地の東側にそびえる山なみを眺めることができます。

仏壇通り
愛宕町の雁木通り(仏壇通り)。2012年の『いいやま花フェスタ』で訪れた仏壇商の集まる表通りです。普段の日には人通りも少なくひっそりと静かな街路が遠くまで続いています。

土蔵風景
裏道では、この地域によく見られる土壁の土蔵を目にしました。

休む
そして街なかで見つけた店主敬白のメッセージ(^^)


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近江八幡 ~ 願成就寺境内 ~
2014-08-17 Sun 23:36
願成就寺(がんじょうじゅじ)は京街道筋の西の突きあたり、旧市街西郊の丘に建つ天台宗の寺院です。聖徳太子が近江国に四十八ヶ寺を建立した際、その最後に建てたのがこの願成就寺であると伝えられています。

願成就寺へ
びわ湖百八霊場、湖東名刹二十七霊場の一つですが、ガイドブックに載るような観光名所ではありません。この時は手持ちの近江八幡市街図の端にポツンと記された卍(願成就寺)の印に誘われるように八幡別院からこちらへ足を向けていました。

夏木立
石段を上って丘の上までたどり着くと、境内を囲む木立ちは深く、表通りの風景から一転して幽邃(ゆうすい)という言葉がふさわしい雰囲気に包まれていました。

願成就寺の竹林
境内を包む竹林

境内の石仏
竹藪の道には、3頭身のユーモラスなお地蔵様が立っています。

山麓へ下る小道
麓への下り路。竹藪はやがて途切れ、その先に近江八幡の街が広がります。

願成就寺本堂
願成就寺本堂

地蔵堂
木ノ中地蔵堂
願成就寺の境内にある、木ノ中地蔵大菩薩(国重要文化財)を祀る地蔵堂。鎌倉時代の前期頃の作とされ、一本の木から3体分の用材を切り出し、その真ん中の材を使用したことから木ノ中という名前が付けられたそうです。小さく切られた格子窓から堂内の様子を窺ってみましたが暗がりの中にご本尊の姿を確認することはできませんでした。

縁先から

竹林の空
近江八幡駅からここまで歩き詰めでしたから、地蔵堂の軒下で風にそよぐ竹林を眺めながらひと休みしました。あたりは何種類もの野鳥の鳴き声が絶え間なく、時に多重奏を聞くような賑やかさになっています。鳥たちのさえずりに交じり、通りを行く車のエンジン音やトントンと木槌を振るう作業の音、近隣から聞こえてくるピアノの旋律など、街のくらしの物音もかすかに聞こえてきています。それらに耳を傾けながらの小休止。こういった穴場を見つけ、ゆっくりくつろいだりできるのも一人歩きの楽しみなのかもしれません。

石段の母子願成就寺の石段
願成就寺からの帰りみち、下りの参道ですれ違った親子の姿。母親に手をひかれた男の子は「もう少しや!」と甲高い声をあげて石段を一段ずつ身をよじるように登っていきました。


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近江八幡 ~ 八幡別院から京街道筋へ~
2014-08-14 Thu 18:02
池田町の洋館群を訪れて、初めてヴォーリズ建築に触れることができました。
さてここからどう進路をとろうかと思案中です。
池田町は八幡山の南麓に広がる旧市街の中では西寄りにあたる地区。近江八幡のランドマークである八幡山や八幡堀へは、碁盤の目のように続く街路を北東方向に歩けばたどりつけます。 しかし近江八幡観光の目玉に向かうにはまだ時刻も早い・・・。

考えあぐねて洋風街の道端にたたずんでいると、道沿いの住宅から漏れるテレビの音声が何とはなしに耳に入ってきました。聞き覚えのある女性の声、関東風にポンポンと歯切れの良いセリフの数々・・・。この声は・・・室井滋!
ちょうど時刻は午前8時を回った頃でNHKの朝ドラ(『花子とアン』)が始まっていたようです。土曜日の朝の街歩きでは朝ドラの放送に出くわす のが定番になってきました。

八幡別院
手持ちの地図を眺めてみると、池田町から西の地域にいくつか寺院が点在しているようです。八幡堀散策の前にそれらの寺を訪ねてみることにしました。池田町のダブルハウスから西に向かって歩き出すとすぐに、白い築地塀に囲まれた仏閣が見えてきました。

八幡別院表門
(浄土真宗本願寺派 本願寺八幡別院)
鉄鋲のついた門扉が閉ざされ厳めしくも風格を感じる表門。最前の西光寺よりもさらに外構えの立派な寺院です。関ヶ原の戦いの翌年、徳川家康が上洛した際にはその宿所となり、江戸時代には朝鮮国(李氏朝鮮)から徳川将軍家にあてた朝鮮通信使の接待の場にもなったという格式のある真宗寺院です。

八幡別院門前
八幡別院門前の路地

北元町の蔵屋敷
路地の北側には、旧家の蔵と家屋敷を囲む瓦塀が続いていました。

人は右 車は左 北元町
ここは近江八幡市北元町(きたもとちょう)。江戸時代には寺内(じない)と呼ばれた八幡別院の門前町です。

八幡別院本堂
八幡別院本堂

北元町の路地
八幡別院から続く細い路地を歩いているとき、中学生らしき女の子が二人、傍らを自転車に乗って通り抜けていきました。
「この前、(原宿の)竹下通りに行く予定やったん」 「そうなん?」
通り過ぎざまに二人のそんなやりとりが聞こえてきます。その柔らかな近江ことばを聞いた瞬間、( ああ、西に来たな )と実感しました。普段耳にしている東京周辺の言葉とは違う関西独特の言葉づかいはやはり旅情を掻き立ててくれます。

それにしても竹下通りよりは(京都の)河原町通りや四条通りの方が雰囲気なのになあ、と関東人としての勝手な感想を抱きつつ八幡別院の北の通りをさらに西へと進んで行きました。

荒川牧場
途中で見かけた牛乳製造所。作業場の奥からは、ガラスの牛乳瓶が擦れるキュッキュッという懐かしい音が響いてきていました。

ローソクとお線香の店舗
この八幡別院北側の道は旧市街を東西に貫く古くからの主要道で京街道筋と呼ばれています。その名の通り、西にむかった街道は市街地の西端、願成就寺(がんじょうじゅじ)の丘に行き当たって西南へと向きを変え、近江八幡の町を抜けて京都方面へと続いていきます。かつて朝鮮通信使が江戸への往来の際に通行し朝鮮人街道とも呼ばれた道です。車2台が辛うじて行き交えるほどの道幅しかありませんが、道筋に沿って古い商家や町家の姿が残る古街道となっています。

京街道筋4

京街道筋3

京街道筋

京街道筋2
京街道筋のもと来た道を振り返って

願成就寺附近の町並み願成就寺附近の町並み2
願成就寺附近の町並み4願成就寺附近の町並み3
願成就寺近くの京街道筋の街並み。現代の暮しの中にしっかりと古格を残すたたずまい。

願成就寺へ
西南方向に行先を転じる京街道筋の奥に鬱蒼とした林が見えてきました。願成就寺にたどりつきました。

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| 遠い街 遠い空 |

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