The link at the date of the calendar is an entry.
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
飛騨高山 ~飛騨国分寺から宮川河畔へ~
2016-05-22 Sun 21:06
飛騨一ノ宮から高山市街まで戻ってきました。

今年晩春の飛騨高山散策の続きです。

P1110212.jpg
JR高山駅から、碁盤の目のように交差する市街地の通りを東の方へ歩いて行くと、庇型のアーケードの続く商店街の間にひっそりと飛騨国分寺が建っています。

P1110213.jpg
鐘楼門

P1110228.jpg
重要文化財の本堂と大銀杏

P1110224.jpg
国分寺境内の大銀杏(オオイチョウ)は、樹高約28メートル、樹齢は1200年とも1250年以上ともいわれる大木で、国指定の天然記念物となっています。奈良時代の末あるいは平安時代の初め頃よりこの地に根付いて、高山の移り変わりを目にしてきたことになります。幾多の時代をくぐり抜けて、今なおしっかりと生き続ける一本の大樹のたたずまい。とても感慨深く感じられました。

P1110226.jpg
国分寺三重塔
こういった木造建築が町なかに残っているのも素晴らしい。
古代から匠の国として鳴らした土地柄が偲ばれます。

P1110203.jpg
???
さて、国分寺の門前の小さな祠(庚申堂)に吊るし玉のような、不思議な吊り物を見つけたのですが・・・

P1110204.jpg
近づいてよく見ると、なんと両手両足を括られた格好の吊るし人形でした!

P1110205_20160505220437bc9.jpg
こちらが飛騨の郷土玩具として有名な、猿の赤ちゃんをかたどった普通のさるぼぼですが・・・

P1110209.jpg
吊るされていたのは、さるぼぼから頭巾や腹掛けをとった人形。
この吊るしさるぼぼ(?)、胴体の部分に御真言(おしんごん)が書きこまれています。
御真言(真言)とは仏教発祥の地、インドのサンスクリット語(梵語)を日本語に音訳した一種の呪文(経文)で、仏様に願いを直接働きかけることができる言葉とされています。

「おん でいば やきしゃ ばんだ ばんだ かかかか そわか 」

昔からの願掛けの風習のようですが、さるぼぼが両手足を縛られて軒先に吊るされているのは何とも強烈なインパクトです・・・


P1110233_20160520224805a10.jpg
吊るしさるぼぼの衝撃から気を取り直し、飛騨国分寺から東に続く門前の通りをしばらく歩いて行くと、再び宮川の河畔へ出ました。一之宮町の小盆地から北流した宮川は高山の市街地に入ると川床や両岸を石やコンクリートに固められ、都市の間を流れる河川の姿へと変わったようです。

この川向こうでは日本三大朝市で名高い宮川の朝市が開かれていました。



スポンサーサイト
別窓 | 飛騨高山 | コメント:2 | トラックバック:0
尾道の風景 5月はじめの休日に
2016-05-15 Sun 13:07
風薫る5月、お天気に恵まれた連休の尾道です。

P1110019_20160508230139cc8.jpg
本通り商店街にあるゲストハウス あなごのねどこ
久しぶりに前を通ると外観がすっかりおしゃれになっていました。
アイルランドあたりの街角風景にも思えるかわいらしいファサードの様子。

P1110062.jpg
晴天の下、海辺を吹き抜ける涼風を感じつつ

P1110074.jpg
路地に面した”老屋”さえ新鮮な街の景観に感じられます。

P1110091.jpg
大林監督の『転校生』でおなじみ、御袖天満宮の石段

P1110011.jpg
海沿いの遊歩道にて

P1110104_20160508230709cea.jpg
商店街の中に見つけた小さなホテル
この4月にオープンしたばかりとのこと。尾道にまた素敵な空間が増えました。

P1110110.jpg
尾道水道をのぞむ浄土寺は、ご本尊の十一面観音御開帳の時期です。

P1110116_20160508231122c44.jpg
商店街の一角に置かれたハカナ画(ハカナゲ)
大きなイーゼルに留められた黒板に描かれるチョークアート
プリミティブ・モアレさんという不思議なお店(?)の入口で見ることができる。
イラストは日々描き重ねられ、やがてその名の通り儚く消えていく運命。
しかしそれは、また新たなハカナ画のはじまりとなるのだろう。

別窓 | 尾道 | コメント:0 | トラックバック:0
飛騨高山 ~晩春の桜をたずねて ~
2016-05-01 Sun 23:02
晩春の一日、飛騨高山に出かけてきました。

飛騨地方は岐阜県東北部に広がる山岳地帯、旧国名でいう飛騨国の領域を指し、高山市をはじめ岐阜県内の三市一村(飛騨市・下呂市・白川村)がこの地域に該当します。
交通網が未整備であった江戸期以前はもちろん、近代においても昭和の初めに鉄道が敷かれるまでは、飛騨山脈(北アルプス)に代表されるこの地の険しい地形と寒冷な気候によって、他と隔絶された山国として知られてきました。

現在でも「秘境」といった言葉が当てはまるような場所ではないか?未知の山里への憧れもあって、そんな期待と想像を膨らませながらいつかは訪ねてみたいと考えていた土地でした。

この日は夜明け前の高山市街に到着し、早速JR高山本線の上り列車に乗り込んで、念願の飛騨路の旅を始めたのでした。

P1110036_2016042422060471e.jpg
高山から岐阜方面に一駅進んだところが飛騨一ノ宮(高山市一之宮町)。かつて飛騨国の一ノ宮として崇敬された水無神社(みなしじんじゃ)というお社のある在所で、高山市に編入される以前は、宮村と呼ばれていた所です。

司馬遼太郎さん、白洲正子さんの紀行文の中で、水無神社とともに、この土地にある「臥龍の桜」(がりゅうのさくら)という古木が賞賛されていて、今回の飛騨への旅では是非この近辺を歩いてみようと思い訪ねたのです。


P1110060_201604270037530c6.jpg
飛騨一ノ宮駅から南に伸びる道をたどってゆくと、田園の中に桜の樹々が点在するひらけた村落風景が広がるようになりました。この附近は、飛騨南西の川上岳(かおれだけ)から発した宮川(みやがわ)が東に向かって流れる山間の小盆地となっています。

P1110068_20160424221223327.jpg
宮川に架かる一ノ宮橋のたもとまで歩いてくると、川向こうに横たわった峰の天辺を厚い雲が深く覆っていて、早朝の冷気と相俟って幻想的な空気が漂っているように感じられました。

P1110069.jpg
宮川河畔

P1110084.jpg
宮川を渡り、畔道を進んでゆくと再び細流に行きあたりました。この小さな川の両岸にはまだ散り残る桜の花が続いていて、早朝のおぼろ気な雰囲気と相俟って、昔話の中に登場する理想郷を思わせる光景となっていました。

P1110087.jpg
土手の桜並木

P1110090.jpg
このしだれ桜はまだ散り始めの様子。軽やかに垂れ下がった枝ぶりも華やかに色づいています。   

P1110086.jpg
周囲の山並みの頂きは煙の様に湧きだした雲に覆われて見えず、その峰々が迫る狭い盆地の底を歩いています。

P1110104_20160424230246efc.jpg
飛騨一宮水無神社(ひだいちのみや みなしじんじゃ)
飛騨一ノ宮駅からまっすぐに歩けば、およそ10分ほどで飛騨国の一ノ宮として信仰を集めた水無神社へたどりつきます。

P1110108.jpg
水無神社の大杉
樹齢およそ800年といわれる大杉で、水無神社正面の鳥居脇にそびえたっています。匠の国、飛騨にふさわしく、境内にはこの大木にひけをとらないほどの杉や檜(ヒノキ)の古木が鬱蒼と茂っていました。

P1110116.jpg
よく掃き清められた清浄な境内。社殿を包む森閑とした鎮守の杜(もり)のたたずまい。境内に立ってそれらを眺めていると何か清々しい神気のような空気を感じます。

P1110128.jpg
水無神社近くの集落

P1110132.jpg
神社からの帰り道、再び宮川の河岸に出ました。先程まで山地にかかっていた厚い雲は大気と混然となり、朝靄へと変わって下流の景色をうっすらと隠してしまっています。

P1110134.jpg
一ノ宮橋から見た宮川の上流

P1110156.jpg
臥龍の桜(がりゅうのさくら)
飛騨一ノ宮駅まで引き返し、跨線橋を渡って駅の裏手に出ると、高山線の線路のすぐ真近にまで迫った低い丘陵の斜面に、何十本もの支え木に支えられた桜の老木がありました。樹齢1100年にも及ぶというエドヒガン桜の”臥龍の桜”です。

P1110161.jpg
”「臥竜」と呼ばれるのは、親木から出た枝(これだけでも二抱えはある)が地上を這い、一旦土にもぐって根づいた後、もう一本の若木の桜を育てているからで、ほんとうに竜が昇天するような勢いに見える” (白洲正子『かくれ里』より)

かつて桜の親木から伸びた一本の枝が地面に接し、幸運にもそこから根づいて天に向かう新しい桜の幹を生じたといいます。その様子から、地に伏した龍(臥龍)の姿が連想され、この名が付けられました。  

現在は、竜の胴にあたる部分は枯死し、親と子が別々の木のように分かれてしまっています。かつては、この写真右側の親木の幹から突き出した三角形の折れ枝の部分と、写真中央の切り株状の部分までが一本の太い枝(幹といっても過言ではないでしょう)としてつながり、地中に潜った枝先が写真左側の子桜として育ち、臥竜(臥龍)の名にふさわしい樹勢を見せていたそうです。

4月も末のこの日、臥龍桜はだいぶ花が散ってしまっていて、残った花は開花前の三分咲きくらいの様子に見えました。花の盛りにはどうも一足遅かったようです。

P1110177.jpg
桜に隣り合う大幢寺から

P1110194.jpg
駅のホームから、すぐ真近に眺める臥龍桜の全景も趣があります。満開の頃はさぞかし・・・と思いやられる、見事な自然の造形です。

P1110195.jpg
やがて列車の時刻が迫り、高山の町へと戻る時間となりました。

P1110197.jpg
さくら さくら
野山も里も見わたすかぎり
かすみか雲か朝日ににおう

歌曲にうたわれるような桜の里が本当に遠い飛騨の山麓に広がっていました。現代の景観に慣れてしまった目には新鮮で、しかしどこかで憧れ記憶していた懐かしい原風景のようでもありました。別天地のようなこの景色の名残りを惜しみつつ、高山への帰路につくことにしました。



別窓 | 飛騨高山 | コメント:2 | トラックバック:0
| 遠い街 遠い空 |

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。